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安易な不動産暴落論に注意! コロナ禍での住宅市況・価格を、清水千弘教授に聞く<前編>

2020年9月26日公開(2021年3月29日更新)
ダイヤモンド不動産研究所

住宅をはじめとした不動産の価格は、コロナウイルス感染拡大の影響で上がるのか、下がるのか? こうした疑問に答えるため、不動産経済学の第一人者である日本大学教授、東京大学空間情報科学研究センター特任教授の清水千弘氏にインタビューを行った。コロナの影響を小さく見るなら、いずれ不動産価格は戻るとみられる。一方で、リモートワークが常態化して、働き方が大きく変化することになれば、不動産の「勝ち組」「負け組」が大きく変わってくるかもしれないという。

不動産暴落説を唱えたがるマスコミ

――2008年のリーマンショックのような大きな景気変動が起きると、メディアでは「不動産価格の暴落説」を唱える記事をよく見かけます。その方が、インパクトがあって読者によく読まれるからですが、今回のコロナショックでもそうした記事が散見されますね。

清水 確かに暴落説を唱えると、記事はよく読まれるし、テレビにも呼んでもらえますよ。以前に、ある雑誌に不動産価格の見通しについて原稿を依頼されたので「不動産価格は暴落しない」という原稿を書いたらボツにされました(笑い)。

――経済学者に原稿をお願いすれば、メディア側が期待した通りの結論になるとは限らないと思いますが、ひどいですね…。ところで、今回のコロナによる不動産市況への影響をどう分析していますか。

清水 まず考えなければならないのは、コロナ前の2019年12月までがバブル的な状態だったのか、どうかです。そして、コロナ後の不動産市況がどうなっているのかは、それとは分けて考える必要があります。

日本大学・清水千弘教授
日本大学・清水千弘教授

 「不動産価格が暴落するかどうか」を考えるにしても、どの時間軸で物事を考えるかが重要になります。足元の瞬間で考えるのか。来年、再来年、さらに5年後という長期で考えるのか。経済学では「短期均衡」「長期均衡」という言い方をしますが、価格変動が一時的なショックなのか、構造的な変化によるのかで、見方が違ってきます。

 コロナによる都市のロックダウン(封鎖)で経済が停滞し、一時的な需要低下で不動産価格が下落したのであれば、経済が元に戻れば、需要も戻るでしょう。この場合は、どのぐらいの期間で需要が戻るのかだけが問題です。

 しかし、「構造変化」が原因となると話は別です。これまでとは違った行動を供給者も需要者も行うので需要の分布が変わっていく。例えば、コロナによって都心の不動産需要が下がって、郊外が上がる、といった変化が生じています。不動産需要の全体は変わらないとしても、濃淡が変わった、分布が変わったことになるので、そこは冷静に見なければいけません。

 食事をする行為も、外食が減って、内食が増える。これは分布の変化です。住宅での消費が増えて、レストランでの消費が減るので、住宅の価格が上がって、レストランの価格が下がることになりますが、これは、一時的なショックなのか、恒久的な構造変化なのかを考える。ここが第1の論点です。

構造変化のスピードが加速

――他にはどのような論点がありますか?

清水 コロナ前と後で、ダイナミックス(動態)に変化が起きたかどうかも注目すべきです。すでに構造変化が始まっていたが、コロナによって変化の速度が変わったケースです。

 2019年12月の段階で、日本国内のホテル市場はすでに過剰になって、かなり危険な状況になっていました。ホテル投資市場では供給過剰による値崩れが始まって、ホテル用地も、ホテルも売れなくなっていたところに、コロナによる需要減少のショックが加わった。これがホテル市場、レジャー市場に起こっている変化なので、打撃が大きい。

 さらに需要にも着目すべきです。すでにコロナ前から訪日客の伸び率が下がり始めていました。こうした需要の伸び悩みがあったことから、当分は厳しい状況が続くと考えるべきでしょう。

 商業施設も、EC市場が拡大すれば、中長期的には、需要は落ちると予測されていました。アマゾン、楽天市場など、ECマーケットを利用する人は年々増加しています。

 その一方で、アマゾンが2017年に自然・有機食品小売り大手のホールフーズ・マーケットを買収してリアル店舗の展開を始めました。郊外型の大規模店舗は限界になっていても、「モノを吟味して買う」とか、「ECでは体験できないコトを提供するとがった店舗」であれば需要はありそうです。

 最近は大学の講義や講演などでもスーツを着なくなって買わなくなりました。そうした消費の変化はすでに徐々に起きていましたが、コロナを機にスピードが一気に速まったものもあるでしょう。つまり、5年後に起こることが前倒しになっているとも考えられます。

投資重視から、消費重視にシフト?

――住宅の需要はどう見ていますか?

清水 住宅は、読みが難しいですね。高齢化社会が進むと住宅の需要が減るという仮説を、ハーバード大学のグレゴリー・マンキュー教授が言っていたので、以前に私自身もそう論文に書いたことがあるのですが、実は納得していない部分もありました。

常磐線沿線の様子
常磐線沿線の郊外の様子(出所:PIXTA)

 住宅には2つの顔があります。「投資財」の顔と、「耐久消費財」の顔。

「投資財」は株式と一緒で、都心のマンションには投資マネーも入ってきて投資財という側面があります。私が住む東京駅から約1時間、常磐線沿線の郊外に建つマンションであれば耐久消費財でしょう。職場に近く、子どもと過ごす時間を大事にするため、資産価格が上がることはないと分かって購入しました。

「耐久消費財」としての住宅は、誕生日を一緒に祝う、お正月を家族と過ごす、毎日の食事を楽しむための空間であり、高齢化が進むと家で過ごす時間が長くなるので、家から受けるUtility(効用)は増えていきます。仕事に追われて家は寝に帰る場所で、休息を取るぐらいしか効用がなかった状態から、高齢化が進むと、家はもちろん、家の周辺の地域から受ける効用も増えていく。そう考えると、高齢化が進むと住宅の価値は減るのではなく、増えることになります。

 今回のコロナで都市がロックダウンされ、家で長く過ごさざるを得ない状況になりました。もともと高齢化で家は投資財から耐久消費財へのトレンドが強まっていたので、時代が早まって、耐久消費財の価値は高まったと考えられます。

 投資財としての顔を持つ都心のタワーマンションでは、投資財としての価値は減るかもしれません。とはいえ、都心のタワーマンションでも、耐久消費財としての価値に配慮して作られているところは下がらないと思います。

郊外でも優勝劣敗が出てくる

――住宅市場では6月以降、郊外型の新築マンションに人気が出てくるなど、コロナの影響で、郊外へのシフトが起きています。

清水 世帯などターゲットを分けて考える必要がありますね。

 今までの不動産の価格は、職場が集中する都心が高く、都心から距離が遠くなるほど低減していました。住宅の面積を犠牲にして都心への近さを大事にした結果でしょう。それが解放された時に、もともと諦めていたものを取り戻そうという動きが出てくる。自分も結婚当初は都心の40平方メートルのマンションに、妻と子ども2人と暮らしていて、都心の通勤の便利さを優先していました。しかし、リモートワークが認められつつある現在、諦めていた住宅の広さを取り戻すために郊外に移ることも意味があります。

 住宅では広さや大きさだけでなく、どこで消費をするかも大事です。高齢者であれば、医療・介護サービスが不足しているところには行かないでしょう。外食もおいしいお店がないところには行きませんよね。消費したいサービスがあるところには人が集まるが、魅力的な消費ができないところには集まらない。自然環境を含めて、こうした要素を「アメニティ」と言います。

 私の現在の千葉県の自宅は、購入した当時は職場が歩いて行けるところで、幼稚園もあったので、住み続ける必然性がありました。しかし、東京駅から1時間ほどの常磐線の最寄り駅には、蕎麦屋が1軒しかなく、最近は食事をするところがなくて、不便を感じています。

鎌倉は根強い人気があるエリア
鎌倉は根強い人気があるエリアだ(出所:PIXTA)

 今なら、東京駅から同じ1時間という距離なら、鎌倉がいいですよね。おいしいお店もいっぱいあって、海も近い。どの地域がいいかは、自分にとって何を消費したいかで変わってきますが、郊外でも優勝劣敗が出てくるのは確実だと思います。

【関連記事はこちら】>> テレワークが変える、住まいの選び方とは? 都心マンションから郊外一戸建てへシフトも

都市は「エンターテインメントマシン」

――私の親戚は常磐線沿線に住んでいますが、地域の活性化に苦労していますね。それに対して、つくばエクスプレス(TX)沿いは活気があります。

清水 千葉県流山市の市長に当選した井崎義治氏が、2005年のTX開業に向けて戦略的な街づくりを進めるために、森ビルやリクルートなどから人材を集めて計画策定を進めました。その時のテーマが「消費をどうつくるか」。消費に敏感なクリエイティブ人材が集まる街にすることで、富裕層を連れてこようという作戦でした。

 米国の社会学会の会長も務めたシカゴ大学のテリー・ニコラス・クラーク教授が、2000年代前半に「コンシューマー・シティ・セオリー」を出しました。それまでは都市は、まず働く場所、産業をつくることで、周りに住宅ができて、その周りに商業店舗ができて形成されていくと言われていました。産業、住宅、消費の順ですね。

 ところが、クラーク教授のセオリーでは、魅力的な商業店舗にクリエイティブな人材が集まるようになって、米国のシアトルやサンフランシスコのような都市ができたと説明しています。産業からではなく、消費から見た都市は「エンターテインメントマシン」であり、そういう表題の本も出しています。

 クリエイティブな人材は、単に食事やお酒を楽しむだけでなく、自然を楽しむ、アートやオペラ、スポーツなどさまざまな消費を楽しみます。多様な消費ができるところに人が集まり、いかに楽しめるかが重要であって、東京の真ん中にはそのポテンシャルがあるわけです。

 ただ、コロナによって消費の行動やパターンが変わり始めました。現時点ではバーやクラブに行くのは誰もが控えています。コンサート、歌舞伎、美術館、ライブを楽しむにも制限があります。人はいつでも幸せ感を満たそうとしますが、従来はバーに行っていた時間を、コロナによって海に行ったり、テニスをやる時間に変えたりして満足度を得ようとするかもしれません。「幸せの満たし方」をどうしたいのかで、地域の選別が起こるかもしれません。

(編集協力:不動産ジャーナリスト・千葉利宏)

清水千弘氏:日本大学教授、東京大学空間情報科学研究センター特任教授、マサチューセッツ工科大学不動産センターリサーチアフィリエイト。1967年岐阜県大垣市生まれ。東京大学大学院新領域創成科学研究科博士(環境学)。財団法人日本不動産研究所研究員、株式会社リクルート住宅総合研究所主任研究員、麗澤大学経済学部教授、ブリティッシュコロンビア大学客員教授、シンガポール国立大学不動産研究センター教授、キャノングローバル戦略研究所主席研究官、金融庁金融研究所特別研究員等を経て、現職。専門は、ビッグデータ解析、不動産経済学。

(以下、後編「コロナ禍でもオフィス需要はなくならない理由とは?」に続く) 

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