マンションをはじめとした不動産の価格は、コロナウイルス感染拡大の影響で上がるのか、下がるのか? こうした疑問に答えるため、不動産経済学の第一人者である日本大学教授、東京大学空間情報科学研究センター特任教授である清水千弘氏にインタビューを行った。<後編>では、働き方の変化によるオフィスニーズの変化があるものの、依然として日本のオフィスの狭さを考えればニーズは高いと指摘しています。また、コロナの影響は大きいとはいえ、今のところ、金融は健全化されているので、すぐに不動産価格が暴落するという状況にはないとしています。
テレワークが一気に普及
――前編では「住宅市場」についてお聞きしました。他の不動産市況についてもお聞かせください。「オフィス市場」はいかがですか。
清水 オフィスも、以前から働き方改革が進み、テレワークやサテライトオフィスが普及すると言われながら、「なかなか進まないね」という状態が続いていました。しかし、コロナ禍で強制的にやったら、できることが分かった。テレワークの方が快適だと言う人まで出てきました。現状は少し行き過ぎなので今の状態が続くとは思いませんが、元に戻るのはなかなか難しいですね。
今までの産業構造のなかで、働き方改革やテレワークが進むことで動き始めていた需要の変化の速度が上がって、5年後に想定されていた需要減は起こるでしょう。
しかし、経済活動が活発化すれば、増える需要も出てくるはず。
過去には2003年問題などオフィスの過剰供給問題が叫ばれたこともありましたが、オフィス市場は暴落しませんでした。
これまでも大型オフィスは足りないと言われ続けてきたし、もともと日本のオフィスは狭くて環境が悪かったので、そうした需要先にスペースが適正に割り当てられることで吸収される可能性はあります。一概に暴落することにはならないと考えています。
その一方で、都心のオフィスはいらないと気付いてしまった人たちがいます。産業としてはIT関係や、そもそも都心のオフィスに集積するメリットがなかった企業などです。都心にオフィスがないと社会的信用が得られないので、とりあえず借りておこう、というわけです。オフィスがないことが当たり前になって、オフィスもない会社と付き合う人が増えれば、オフィスは単なるコストになってしまう。
自分の教え子たちの中で、不動産テック企業を立ち上げたところは軒並みオフィスを解約し始めました。解約は6カ月前通知なので、2、3月に申し入れて、持続化給付金をもらって、そろそろ解約したでしょう。ただ、それで空いたオフィスもすぐに埋まるとは思いますよ。
コロナ禍でも、金融は健全
――過去の金融危機と、今回のコロナ危機では何が違いますか?
清水 資産価格の下落局面としては、1990年のバブル崩壊、2008年のリーマンショックがありました。その際、「価格が下がる」と「価格が長く下がり続ける」とでは意味合いが違います。
バブル崩壊では、第1段階として大蔵省(現・財務省)による金融機関への融資総量規制によって、投資需要が減り、価格が下がりました。第2段階では、資産価格は将来収益の割引現在価値なので、将来が暗いとなるとリスクが高まって、需要の減少以上に下がる。つまりキャップレート(不動産の期待利回り)が上がって、価格が下がりました。第3段階では、産業全体がおかしくなって金融機関による貸しはがしが起こる。成長産業は負債も多いので、金融危機によって貸しはがしが起こると、資産を売却せざるを得なくなる。その資産は、電力などのオールドエコノミーが買うことになり、成長が低い産業に移った資産の価格は長期的に下がり続けます。
これに対して、リーマンショックでは、一時的に金融が機能しなくなっただけで、不動産市場のファンダメンタルズは変わっていませんでした。結果的に、金融が元に戻って健全化したことで、不動産価格もすぐに回復しました。
今回のコロナ禍では、金融機関は健全で、金融機能が不全になるとは想定しづらい。しかし、需要が変化しているのは確かで、需要が戻らないと、じわりじわりと価格下落が広がる可能性があります。
今後、企業倒産が広がり、雇用を失った人が増えれば、一気に需要が戻ることはなく、時間がかかるだろうと思います。リーマンショックのようには行かないでしょうね。世界全体の景気を見ても、悪くなる地域が出始めています。米国の金融市場は戻っていますが、不動産市場が戻るまでにはちょっと時間がかかるかもしれません。
米国では物流施設の価格上昇
――海外の不動産市況はいかがですか?
清水 実は結構、元気らしいですよ。
私は米マサチューセッツ工科大学(MIT)の不動産研究センターの研究員も務めていてMITとは定期会合があるので、そう聞いています。MIT出身で、大手投資会社の著名アナリストによると、ロジスティック(物流施設)のキャップレートは下がったとか(価格は上昇)。商業店舗の市場はちょっと沈んでいるが、住宅は大丈夫だと言っていました。ただ、オフィスは米国でも先行きの見通しは分からないと言っていましたが…。
――中古マンション売買データなどを見ていると、足元では成約価格は持ち直してきています。一方で、オフィスの空室率は若干ですが上昇し始めているので、オフィスの価格は今後下落することも予想されます。このように、方向感が見えない中で、不動産市場は今後、どうなるのでしょうか?
清水 現時点では経済の先行きが分からないので、見方が難しいですね。
経済活動は契約で動いていて、雇用契約もすぐには変更されません。今のところ、ほとんどの人は年収が下がっていないはずで、以前の契約に基づいて給料も支給されています。しかし、12月の賞与がどうなるのか、来春の賃金改定がどうなるか、リストラで職を失うことはないのかは分かりません。
不動産の賃貸契約も、2年契約で動いているので、今のところ家賃は大きく下がっていません。今後、契約の改定時にテナントがどう動くのかにかかっています。
ただし、個人消費を見ると大きく減っています。食べる量は変わらなくても、5000円払ってレストランで食べていたのが、500円の材料を買って自宅で調理して食べる人は増えているでしょう。こうした消費の変化の影響を受ける人たちが広がっていくと、これから経営的に耐えられなくなる飲食店、サービス業などが出てくるかもしれません。
(編集協力:不動産ジャーナリスト・千葉利宏)