一世を風靡した秀和ブランドの影で起きた「幡ヶ谷レジデンス事件」とは?(ルポ 秀和幡ヶ谷レジデンス<上>)

【第1回】2025年6月6日公開(2025年6月7日更新)
栗田シメイ:ノンフィクションライター

東京渋谷区の一等地にある人気ヴィンテージマンションの秀和幡ヶ谷レジデンスが相場の30%~40%でも売れない異常事態に。その原因は30年にわたる独裁的な管理にあった。「身内や知人を宿泊させる場合は1万円」「ウーバーイーツ禁止」など大量の謎ルールに疲弊する住民たち。この状況を変えるべく、住民たちは管理組合と1200日にも及ぶ闘いを繰り広げ、正常化に向けて大きく前進し資産価値も回復傾向に。誰かがマンション管理を行ってくれると期待し放置すれば、未来は静かに壊れていくが声を上げることで状況が変わる。誰にでも訪れる身近な事件を2回に分けて紹介する。【栗田 シメイ著:書籍『ルポ 秀和幡ヶ谷レジデンス』(毎日新聞出版)から転載】

秀和幡ヶ谷レジデンス
書籍『ルポ 秀和幡ヶ谷レジデンス』

マンションという概念の浸透に貢献した「秀和シリーズ」

 “マンションといえば秀和”かつて、そう呼ばれた時代があった。

 まだ日本に、マンションが資産であるという概念もなかった、1957年。後に「秀和レジデンス」シリーズを展開する株式会社秀和を、創業者の小林茂が設立した。

 秀和レジデンスは、南欧風のデザインと、都心部の好立地の高層マンションという利点を前面に打ち出し、次々と着工されていった。時代は、第一次マンションブームと重なっていた。当時を知る不動産会社の代表がこう語る。 

 「今なお不動産業界の中で秀和レジデンスの認知度が高いのは、売り手である私たちに“秀和ファン”が多かったことも背景にあります。とくに青い瓦屋根に、白の外壁という見たこともないデザイン性の高さには心底驚かされました。マンションといえば秀和、という表現が大袈裟でないほど先進的でした」

 その後、秀和レジデンスは1964年から2000年にかけて134棟が建てられた。わずか5人の従業員でスタートした秀和は軌道に乗り、都心部でのオフィスビルの設立で莫大な財を成す。小林が1988年に長者番付で世界3位になったことも、その勢いを示している。だが、「昭和の不動産王」とも称された創業者の最大の功績は、じつは別にある。

 秀和シリーズが大きな役割を果たした点、それは、小林が「住宅ローン制度」と「管理組合」という仕組みを考案したことだ。『秀和レジデンス図鑑』(谷島香奈子、haco著 トゥーヴァージンズ刊)の中で、ノンフィクション作家の中原一歩は、小林のこんな言葉を紹介している。

 「買った時は白亜の殿堂であっても、何年か経つと面影が失われてしまう。壁は剝がれ落ち、水漏れがし、無断駐車、放置自転車が散乱し、マンションのスラム化が進む。ヨーロッパの高層住宅が300年も使用に耐えるというのは、管理が行き届いているからだ。ヨーロッパほどはないとしても、すばらしいマンションを維持するには管理次第ということである」

 小林は、銀行と話し合いを重ねた末に、会社員が月々の給与で購入できる制度の導入に腐心した。これは、日本初の試みであり、現代にも通じる「住宅ローン」の始まりとされている。さらに購入したマンションを健全に維持するための「管理組合」の概念を提唱したのだ。

 つまり秀和レジデンスは単なる一時代を席巻しただけのシリーズではなく、マンションという概念自体を日本に浸透させる役割も担ったといえるのだ。

 そんな時代から約60年。管理組合の概念を生み出した「秀和シリーズ」において、管理組合を発端とした住民とのトラブルが勃発したのだった―。

快適な暮らしが一変、秀和幡ヶ谷レジデンス事件の始まり

秀和幡ヶ谷レジデンスの外観(出典:みんなの物件写真)
秀和幡ヶ谷レジデンスの外観(出典:みんなの物件写真

 秀和幡ヶ谷レジデンスの竣工は1974年のこと。遠めからでもひときわ目立つ、地上10階建て、300戸の大型マンションである。

 世界で最も乗降客数が多い新宿駅から京王新線でわずか3分。週末の昼下がり、京王線幡ヶ谷駅からマンションへ向かう道中では子どもを連れた多くの夫婦とすれ違う。

 信号を挟んで商店街の方に向かうと、チェーンの飲食店が幅を利かせて賑わっている。昼飲みが可能な赤ちょうちんの店を覗くと、若者たちが上機嫌に盃を交わす姿があった。

 今井喬子は、秀和幡ヶ谷の住民としてそんな街の変化をつぶさに見てきた。今年で90歳を迎えたが、こちらが驚くほどマンションの歴史や人名、過去の会話をはっきりと記憶している。

 薬剤関係の仕事をしていた今井がこのマンションを購入したのは、売りに出された年の暮れだった。居住して約50年。今では最古参の一人となり、秀和幡ヶ谷の歴史を最も深く知る人物でもある。

 「昔なじみの友人は、みんなマンションを出ていくか、もうすでに亡くなってしまったんです。ここに至るまで本当にいろいろありましたから」

 今井が近くの街から移り住んだ当初、幡ヶ谷は今よりもずっと庶民派の街で、住民同士のつながりも深かった。マンションでの生活も大きな問題がなく、快適に過ごせていたという。

 そんな様相が一変したのが、約30年前だった。管理組合の理事長に、吉野隆(仮名・以下同)が就任したことが契機となった。

 吉野が管理組合の理事長に就任当初は、とくに住民間でトラブルの声は聞こえてこなかった。しかし、20年ほど前に排水管工事の実施がアナウンスされたことから住民の間に疑念の声が上がっていく。

 5億円規模の大工事にもかかわらず、工事業者は指定され、見積もりは1社のみだったという。これに対して、住民側には相見積もりをとるべきだ、という意見も根強かった。これまで積み立ててきた修繕積立金に加え、1世帯あたり30万円程度の追加の支払金が生じたことも、納得できない要因となっていた。今井が当時の様子をこう振り返る。

 「理事長からは相見積もりがとれなかった、と説明されました。ですが、その理由は何度聞いても出てこないのです。その態度に対して憤りを感じた住民は少なくなかった」

秀和幡ヶ谷レジデンスの住民団体「友の会」が発足

 不信感は日増しに強まっていき、管理組合への不満へとつながっていく。ある男性住民が反・管理組合の声を上げたことで、「友の会」という住民団体としての活動が始まった。

 今井は当初、「友の会」の活動が成功するとは思っていなかった。それでも、マンション自治への関心を持った住民は予想以上に多かった。

 排水管工事を含んだマンション自治を総合的に考えることを目的として作られたプロジェクトチームの輪は、広がっていく。メンバーに、一級建築士や不動産業で働く人、メディア関係者も参加したことが活動に拍車をかけた。すぐに20人ほどの活動者が集まり、定期的に集会を開いた。今井も会の議事録などの記録係として、会と管理組合の攻防を見守っていた。

 そんな様子を察してか、理事長を含む理事会のメンバーも時折「友の会」の集会に顔を出すようになる。落とし所がないかを話し合うこともあったという。今井はこうも証言する。

 「当時の理事長は一定の許容する心があったと思います。私たちの意見にも耳を傾けようとする姿勢もあった。だからこちらの要望に対して折れた面もあるのです」

 「友の会」の強い主張もあり、別の工事業者から相見積もりをとることになった。そこで上がってきた見積もりは指定業者よりも3割ほど安価な金額だった。工事費用は、修繕積立金と銀行からの借入金で賄う方向で調整された。話し合いを重ねた末、住民から集める予定だった金額も当初の予定から半額以下となったという。

 結果的に、「友の会」の活動は実を結び、管理組合側が主張を変えた形となったのだ。それでも、今井は吉野理事長のどこか不満そうな表情が、強く記憶に残っていた―。

秀和幡ヶ谷レジデンス管理組合による静かな制裁

 桜井悌子(81)は、1977年に区分所有者としてマンションを購入すると、以降は家族と共に長い時間を過ごしてきた。「友の会」に途中から加入している。

 当初は大規模修繕の話も噂程度でしか耳にしていなかった。だが、ふとした住民同士の会話を機に、管理組合との紛争を知った。

 「民主的とは到底いえない理事長のやり方は絶対におかしい。詳細を聞いて激昂して、すぐに会に加入しました」

 以降、桜井は「友の会」や後の有志の会、自治会で重要な役割を担っていくことになる。

 大規模修繕の事案が落ち着くと、次第に「友の会」の活動は減少していった。だが、当時活動に加わった人たちは、次第に住みづらさを感じるようになっていた。桜井はこう振り返る。

マンションでの嫌がらせ
『友の会』のメンバーは、マンションの中で嫌がらせを受けるようになっていった(出典:PIXTA)

 「『友の会』のメンバーは、マンションの中で嫌がらせを受けるようになっていきました。理事会のメンバーと出くわすと、ちょっとした嫌味を言われたり、変な噂を流されたり、といった類のものです。私が怒りを覚えたのは、人を見てそれを実施していたこと。文句を言う人には手を出さず、気が弱い人には強く当たる。酷い例だと、メンバーの一人が亡くなると、残った奥さんは“あんたの旦那に反対されて工事ができなかった。一生恨み続けるからな”などと理事の一人に凄ごまれたといいます。その奥さんは“自分だけこんな目に遭うのはおかしい。もう関わりたくない”とおっしゃられて、『友の会』にも怒っていた。次第に総会にも顔を出さなくなりました」

 その大半は管理人から小言を言われたり、必要以上に当たりがキツくなったり、回覧板が回されなかったり、その住人の知人の出入りが厳しく管理されたりするような類のものだった。

 一つひとつは小さなダメージだ。それでも確実に「友の会」に参加したメンバーは蝕まれていった。

 秀和幡ヶ谷レジデンスは、理事会のメンバーが25年近く大きく変わらなかった。当然、それは大多数の住民たちの無関心の結果だが、一方で同情の余地もある。理事会に反対すると住みづらくなる、と知れ渡っていたからだ。

 誰であれ、大金をはたいて購入したマンションでのトラブルは避けたいのが本音だろう。仮に勇気を持って声を上げたとしても、自らの生活にダメージとして返ってくるのであれば、なおさらだ。桜井が明かす。

 「マンションでは65歳以上の高齢者が占める割合が多い。そういった方々は長年この生活に慣れているため、変化を望んでいない方もいらっしゃいました。理事会の運営方法やルールを知らないという方も少なくなかった。規約も告知されることなく、気がついたら変わっていたということもあり、周知されていないこともあったのです。つまり、大半の人は知らないか、“我慢するしかない”と諦めていたとも言えます」

 最も象徴的なのは、年に1度開催される総会だった。秀和幡ヶ谷レジデンスでは、変則的な出来事がない限り、ほとんど毎年2月に総会が開催されてきた。平日の夕方から2時間程度。勤め人にとっては参加がなかなか難しい時間帯である。それもあってか、総会の参加は毎年20人程度で、多い時でも30人を超えるようなことはほとんどなかったという。

 また、ほとんど決定事項の発表のみで、意見を述べようものなら、怒声交じりに糾弾されたという。今井の回想。

 「理事長のやり方に反発していた横田さん(仮名)という男性に誘われて総会に初めて参加したのが、大規模修繕工事の少し前。参加して驚いたのは、管理組合法人が工事のために、『銀行でローンを組んだため積立金の微収額を上げた。ローンの支払いが終われば金額は元に戻す』という重要な報告がサラッと行われていたことです。異議を申し立てても、『過半数の委任状がある。賛同を得ている』の繰り返しで議論にすらならない。

 桜井もまた、初めて総会に参加した日のことを鮮明に記憶している。

 「総会参加者から、“自分の目で総会の様子を見てみてほしい”と進言があった。実際に参加してみると、理事会に反対意見を言った人間に対して人格否定ともとれる罵詈雑言の数々が浴びせられていました。その様子から、“これは本当に日本国行われている出来事なのか”とすら感じたのです。それでも当初は理事長もまだ住民の意見を聞く姿勢は見せていた。反対者を威圧するようなやり方がまかり通ったことで年々、独裁色が強くなり総会は酷くなっていきました」

※本記事は転載にあたり、読みやすさを考慮して一部編集・再構成しています。なお、太字部分は当編集部によるものです。

 このように、マンション管理組合の理事長は非常に大きな権力を持っており、暴走し始めるとそれを止めることが困難になるのだ。

 次回は、マンション管理の問題のカギとなる「過半数の賛同」の必要性についてお伝えする。

続きはこちら>>住民と管理組合、1200日の攻防――理事会が保有する委任状の重み

ルポ 秀和幡ヶ谷レジデンス
栗田シメイ著・毎日新聞出版
秀和幡ヶ谷レジデンス

人気ヴィンテージマンションで起きた、管理組合と住民の1200日に及ぶ闘い。身内や宿泊させる場合は1万円」「ウーバーイーツ禁止」など常識を超えた独裁ルールが支配するマンションに、住民たちはどう立ち向かったのか?

週刊誌記者などを経てノンフィクションライターとなった著者が秀和幡ヶ谷レジデンス事件を取材!
マンション住民は、マンション管理無関心の代償やトラブ ルが起きた際の立ち向かい方を理解しておこう。

 

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