「人の死」は、住宅などの不動産売買・賃貸に大きな影響を与える。他殺や自死といった、契約に大きな影響を与えそうな事件が起こった物件は「事故物件」とされ、なかなか買い手や借り主が現れないため、価格や賃料が下がってしまう。といって告知しないと契約後にトラブルが発生することもある。そのため、国土交通省が「人の死」に関するガイドラインを策定して、業界に周知徹底を図ろうとしている。(住宅ジャーナリスト・山下和之)
「宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン」を国交省が策定
事故物件であろうがなかろうが気にしない。その分、価格や賃料が安くなるのなら願ってもないこと――という人もいるかもしれないが、多くの人は、やはり心理的に尻込みしてしまうもの。
事故物件はなかなか買い手や借り主が見つからないため、事故物件であることを明確にして、価格や賃料を大幅に引き下げて販売や募集活動を行うケースも少なくない。
しかし、なかには事故物件であることを告げないままに契約、後にそれが判明してトラブルに発展するケースもある。
さらに人の死が発生した物件について、「亡くなった理由に関係なく告知しなければならない」と思い込んでいる貸し主は多く、それが単身高齢者の入居を敬遠する傾向につながっているといわれる。
こうした問題の発生を未然に防ぎ、住宅市場の活性化を促進する施策の一環として、国土交通省が「宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン」をまとめて公表した。
住宅内で人が亡くなるのは当たり前のこと
言うまでもないが、住宅内で人が亡くなるのは、当たり前といえば当たり前のこと。長く患った末に、自宅で見取ることは珍しくないだろうし、突発的な心筋梗塞、脳卒中などで亡くなることなどもある。
また、家庭内での不慮の事故死も多い。2019年には1万3800人が家庭内の不慮の事故によって亡くなっている(資料:政府統計の総合窓口「人口動態調査 / 人口動態統計 確定数 死亡」)。
その原因をみると、風呂場での溺水・溺死が5673人、誤嚥(ごえん)などによる不慮の窒息が3187人、転倒・転落・墜落が2394人などとなっている。
住まいの中で人が亡くなるのは、いってみれば当たり前のことであり、それが売却や賃貸の募集においてマイナスになるのはおかしいし、売却や賃貸をためらう必要はないはずだ。
「宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン」のポイント
自然死や不慮の事故死は告知しなくてもよい
そうした考え方から、今回のガイドラインの策定に至ったといっていいだろう。
国土交通省では、2020年2月から専門家による検討会を開催、2021年5月から6月にパブリックコメントを実施、それを踏まえて9月に第7回の検討会を開催して、今回のガイドライン策定に至った。
不動産取引に当たって、取引対象の不動産で生じた人の死について、適切な調査や告知に関する判断基準がないために、円滑な流通、安心できる取引の成立を阻害している問題がある。
また、入居者が死亡することを懸念するため、単身高齢者らがなかなか住む場所を借りられないという問題がある。ガイドラインの策定で、こうした問題の改善が期待されるところだ。
ガイドラインにおける「人の死について告知しなくてもよい場合」の概要は、以下のようになっている。
①【賃貸借・売買取引】取引の対象不動産で発生した「自然死、または日常生活の中での不慮の死(転倒事故、誤嚥など)」 ※事案発覚からの経過期間の定めなし
②【賃貸借取引】「取引の対象不動産、または日常生活において通常使用する必要がある集合住宅の共用部分」で、「①以外の死、または特殊清掃等が行われた①の死」が発生し、事案発生(特殊清掃等が行われた場合は発覚)から概ね3年間が経過した後
③【賃貸借・売買取引】「取引の対象不動産の隣接住戸、または日常生活において通常使用しない集合住宅の共用部分」で発生した「①以外の死、または特殊清掃等が行われた①の死」 ※事案発覚からの経過期間の定めなし
(資料:国土交通省「宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン」を元に著者が加筆)
事故物件も3年たてば告知義務がなくなる
まず、①にあるように賃貸や売買の契約に当たって、対象不動産で発生した自然死や、先に触れたような不慮の事故死については、取引相手に告げなくてもよいとされた。
もちろん、貸し主や売り主の判断で、前の住民が自然死した物件であることなどを告知する分には一向にかまわないが、告知しなければならないと考える必要はまったくない。告げる必要がないと国のお墨付きが出たわけで、貸し主や売り主は安心して貸しに出したり、売りに出したりできるようになる。
②は賃貸の契約において、住宅内やアパートやマンションの共用部分で発生した①以外の死、たとえば他殺や自死などが発生した、いわゆる事故物件については、その旨を借り主に告げなければならないことが、改めてまとめられている。
しかし、それもいつまでも続くわけではなく、「3年」という期間を明示したのが、今回のガイドラインの大きな特徴といってもいいだろう。つまり、事故物件であっても3年が経過すれば告知義務がなくなるわけだ。
③は賃貸や売買の契約に当たって、アパートやマンションなどの取引対象となる住戸そのものではなく、隣の住戸や普段は使わない共用部分などで発生した①以外の死(たとえば他殺や自死など)、または特殊清掃が行われた自然死については、告げる義務はないということだ。
人の死について事前に調査しておく必要がある
ただし、例外もある。国土交通省では「人の死の発生から経過した期間や死因にかかわらず、買い主・借り主から事案の有無について問われた場合や、社会的影響の大きさから買い主・借り主において把握しておくべき特段の事情があると認識した場合等は告げる必要がある」としている。
つまり、積極的に告知しなければならない義務がない場合でも、買い主や借り主から人の死があった物件かどうか聞かれたときには、経過した期間や死因にかかわらずに告げる必要があるわけで、売り主・貸し主や仲介業者は、事前に物件調査を行った上で、人の死の有無について確認しておく必要がある。
また、告げる場合には、人の死の発生時期、場所、死因および特殊清掃などが行われた場合には、その旨も告げなければならないとされている。
ただし、いうまでもないことだが、亡くなった人や遺族などの名誉や生活の平穏に十分配慮して、亡くなった人の氏名、年齢、住所、家族構成や具体的な死の態様、発見状況等を告げる必要はないともされている。
あくまでも個人情報保護の前提に立って告知することを、忘れてはならない。
ガイドラインに違反すると、行政庁の指導などを受ける可能性がある
この「宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン」は、法律ではなくあくまでもガイドラインなので、罰則規定はない。
だから、不動産取引きに当たって、過去に人の死が生じた不動産の取引に際し、宅地建物取引業者がガイドラインで示した対応を行わなかった場合、そのことだけをもって直ちに宅地建物取引業法違反となるものではない。
しかし、宅地建物取引業者の対応を巡ってトラブルとなったときには、行政庁による監督に当たって、本ガイドラインが参考にされることになる。
その指導に応じなかったり、対応が悪質な場合には行政指導の対象になることもあり得る。特に貸し主、売り主となる可能性のある人や取引に当たる不動産業者はガイドラインを熟知しておく必要がある。
詳細は、国土交通省「宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン」に記載されている。
なお、このガイドラインについて全国宅地建物取引業協会連合会の坂本久会長は、同連合会のホームページで、「取引実務面からも一定の基準が示されたことにより、適正な情報が提供され、取引関係者や地域関係者等の利益の確保が図られ、不動産流通促進にも資するものと思われる」とコメントしている。
今回の、人の死の告知に関するガイドラインの策定は、業界からも歓迎されているようだ。
【関連記事はこちら】>>事故物件(孤独死、自殺、他殺物件)不動産の相場と高く売却するための方法は? |