2025年の夏は過去最高の暑さになり、「地球沸騰の時代が到来した」という表現も使われるようになりました。そうした中、最近は「北向きの住宅が売れている」という話題が出ています。夏の暑さが厳しくなったことで、直射日光が入る南向きよりも北向きの方がよいのではないかという議論が生まれているのです。気温上昇や異常気象による大雨が頻発する中、消費者のマンション選びにも災害や天候変化による影響が表れている現状をお伝えします。(一心エステート株式会社代表取締役:高田一洋)

高温化・異常気象で変わるマンション選びのポイント
昨今の高温化や異常気象によって、物件選びにおいて消費者の嗜好が変化しているのを感じています。実際に彼らは、どのような部分に注目しているのか見ていきたいと思います。
1. 「南向き神話」の崩壊
長らく住宅購入においては「南向きの住戸は価値が高い」とされてきました。日照時間が長く、洗濯物が乾きやすく、冬は暖かいという生活上の利点が評価されてきたためです。昭和の時代、日中自宅にいる専業主婦が多かった時代には、明るく暖かな部屋は暮らしに直結する大きな魅力でした。
しかし、現在では共働き世帯が約1300万世帯、専業主婦世帯が508万世帯と数字が示す通り、共働き世帯が主流となり、日中家にいる時間は減っています(※参照:独立行政法人労働政策研究・研修機構「専業主婦世帯と共働き世帯 1980年~2024年」)。
ライフスタイルの変化と同時に、猛暑による生活の変化も加わりました。「カーテンが日焼けする」「日差しが強すぎて冷房効率が悪い」といった声も多く、南向きの利点が必ずしも評価されなくなっています。
また、一部の高級マンションでは北向き住戸の方が高額で取引される事例も出てきました。「シティタワーズ東京ベイ」では、東京タワーを望める北向きが南向きより高値で評価され、方角よりも眺望の価値が住宅価格に反映されています。

今のマンション購入者は、方角による日照よりも都市景観や水辺の眺めを求める傾向が強まっています。実際に、当社で取り扱っている都内の物件における人気の眺望ランキングでは、1位「皇居」、2位「東京タワー」、3位「レインボーブリッジ」が上位になっています。特に都心部・タワーマンションでは、方角よりも眺望を優先する傾向は強まっているようです。
2. 水害リスクのある立地を避ける
異常気象の増加で消費者が注意を払うようになったのは、日差しや気温だけではありません。豪雨や台風による水害リスクも物件選びの大きな判断材料となっています。
数年前に武蔵小杉のタワーマンションで冠水が起きた際には、地下の電気設備が浸水し、住民生活に深刻な影響を及ぼしました。この出来事以降、購入者の多くはハザードマップを確認するようになり、低地や川沿いの物件は警戒されるようになりました。
二子玉川では多摩川の氾濫で1階部分が水没した事例もあり、リバーサイド物件に対する評価は「景観は魅力的だが、洪水のリスクもある」と二面性を帯びています。
また、新宿御苑周辺で半地下が冠水した例も広く知られるようになり、特に1階や半地下は購入者から敬遠されやすくなりました。こうした事例を通じて「立地条件の確認」や「災害リスクへの理解」が当たり前になりつつあり、住宅の価値は安全性と切り離せなくなっています。
3. 気密性・断熱性への高い関心

さらに、気温上昇が常態化する中で、断熱性能や設備の違いが住宅の快適さを決定づける要素になりました。
2000年前後から普及したペアガラスは断熱効果を大きく高めましたが、それ以前に建てられた住宅では夏の暑さや冬の寒さが厳しく、生活の質に影響しています。
購入者の関心は、窓の仕様や壁の断熱材に向けられるようになり、二重サッシかどうかを確認するのも一般的になりました。断熱性能は冷暖房費にも直結するため、家計を左右する切実な問題でもあります。
2025年4月からは「断熱等性能等級4」以上が義務化され、基準を満たさない住宅は新築できなくなりました。この変化は市場全体の住宅性能の底上げを意味し、同時に古い物件との差を広げることにもつながります。
また、築年数の古いマンションでは、全居室にエアコン用の配管が設置されていないことも多く、その場合リフォーム費用がかさむため、購入者から敬遠されがちです。室外機が設置できないケースも多く、窓用エアコンに頼らざるを得ない状況は、騒音や外観の悪化を招き、好まれにくい要因となっています。
昨今の気象状況に合わせた物件スペック・設備の変化
長年、日本の住宅は断熱性能を軽視する傾向にありました。断熱基準についても、最近ようやく本格的な議論が始まったという状況です。
一方、ヨーロッパでは以前から断熱性能が重視されてきました。現在注目されているZEH(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)の概念も、ヨーロッパでは20年以上前から「パッシブハウス」という方法で実践されていました。
なぜなら、ヨーロッパでは冷房設備が普及していない国も多く、必然的に断熱性能を高める必要があったからです。反対に、日本の断熱基準は国際的に見て緩く、家電メーカーへの依存度が高すぎる傾向にあります。エアコンによる冷暖房が前提の住まいづくりが進んできました。
日本でもようやく「建築物省エネ法」の改正により断熱性能が義務化され、前記のように、2025年4月以降は、基準未達の建物は新築できなくなりました。こうした法改正により、気密性や断熱性能を意識する消費者が確実に増えてきています。
とはいえ、不動産の営業現場では、断熱性能に関する具体的な質問はまだ少なく、ハザードマップや立地条件に関する質問の方が多い状況です。災害リスクを懸念する人は、高台や浸水リスクの低い場所を選ぶようになり、居住エリアの選択基準は確実に変化しています。
タワマン高層階は、北向きが最も値上がりしている
断熱性能の義務化により、2030年には「断熱等性能等級5」が義務化される見込みです。こういった気候変化や環境に配慮した住まいが普及すれば、さらに南向き至上主義的な考えは減っていくでしょう。
実際、不動産データを収集しているマーキュリー社の調査(※)では、新築時と中古の価格を比較した際、北向きの部屋が最も値上がり率が高いという結果を発表しています。特に、40~60階のタワーマンションでは、北、北西、北東の方角の部屋の値上がり率は平均66.8%と圧倒的で、このことからも北向き物件の需要が高まっていることがわかります。
(※株式会社マーキュリー「中古マンション市場において『方位と階数』が資産価値に与える影響とは」)
個人的にも、必ずしも南向きを購入する必要はないと考えています。日中は不在がちな生活スタイルにおいては、南向きのメリットを十分に享受できないためです。南向き神話は、日当たりが重要視されていた時代の産物です。専業主婦が一般的だった時代には南向きが重宝されましたが、現在は共働きが主流となりライフスタイルが変化しています。
休日も自宅で過ごす時間が相対的に少なくなっている現状を考えると、私は東向きが最も適しているのではないかと思います。東向きの住戸は朝日を取り込むことができ、一日の始まりを気持ちよく迎えられるからです。
このように物件選択の基準は変化しており、断熱性能の義務化により立地と断熱性能という新たな評価軸が生まれています。マンションの基本性能が向上している現在、将来的には立地に加えて断熱性能・気密性などが住宅選択の主要な判断材料となるでしょう。
まとめ
異常気象や高温化が進むなか、住宅選びの基準は大きく変化しています。長年続いた「南向き神話」は終わりを迎え、眺望、断熱性能、立地条件、災害リスクへの対応など、複数の観点から総合的に評価される時代へと移りつつあります。
気候変動という現実を前に、住まいの価値は「日当たりの良さ」だけでは測れなくなり、より実質的で合理的な基準が求められるようになっています。
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