首都圏を中心にマンション価格が高騰し、平均的な会社員にはなかなか手が届かなくなっている。しかし実は、上がっているのはマンションだけではない。注文住宅もヒッソリと、だが着実に上がっている。なかでも、大手住宅メーカーの注文住宅はいまや1棟当たり4000万円の大台に乗ろうかというところまできている。価格の上昇に伴い、ゼロエネルギーハウス(ZEH)や独自の制振システムなど大手住宅メーカー各社は付加価値の向上につとめている。(住宅ジャーナリスト・山下和之)
新設住宅着工は、人口減少により
10年後には60万戸台まで落ち込む予想も
わが国ではすでに人口減少が始まっており、今後は世帯数も減っていくことになる。当然、新規住宅需要は頭打ちにならざるを得ない。
野村総合研究所の予測では、2018年度に95万戸だった年間の新設住宅着工戸数は、今後も減って2022年度には80万戸を切り、2020年代後半には70万戸を割り込んで、2030年度には63万戸まで減るとしている。相続税改正によって貸家の供給増が始まれば68万戸を維持できる可能性があるが、それでも60万戸台まで減るのは避けられないというご託宣だ。
これだけ市場が縮小してくれば、住宅メーカーとして一戸建て、注文住宅だけに固執しているわけにはいかない。大手では、大和ハウス工業が物流施設などに本格的に取り組み、積水ハウスもホテル事業などへのシフトを強めている。多角化によって一戸建ての落ち込みをカバーしようというわけだが、それでも祖業としての一戸建て注文住宅を見捨てることはできない。
高い物件ほど売れるのはなぜか?
そこで大手各社が力を注いでいるのが、1棟単価の引き上げだ。市場の縮小によって、受注棟数が1割減ったとしても、単価を1割上げることができれば売上高は維持できる。単価を2割引き上げられれば、むしろ売上高は増えるという考え方だ。
収入は増えず、物価も上がらないいまの時代、価格を上げれば客はついてこなくなるのではないかと考えがちだが、実はそんなことはない。首都圏のマンションをみれば、ここ数年急速に高騰しているが、それでもそれなりに客はついている。なかには、「高い物件ほど資産価値を維持しやすいので売れる。売れないのは安い物件だけ」と豪語する分譲会社幹部もいるほどだ。
注文住宅も付加価値を高めれば、高くても売れる。むしろ一定の層に対しては高いほうが評価が高くなるという考え方もある。
大和ハウス工業の単価は2年半で11.7%上昇
実際、大手住宅メーカーの決算資料をみると、図表1にあるように、この数年1棟単価が急速に上昇している。特に大和ハウス工業、積水ハウスの業界ツートップの価格アップが際立っている。
大和ハウス工業では16年度の平均が3430万円に対して、19年度第2四半期には3830万円まで上がっている。この2年半の間に11.7%も上がっている計算だ。積水ハウスも同じように3729万円から3932万円に5.4%のアップ。上昇率は大和ハウス工業より低いものの、金額は100万円ほど高く、もはや1棟単価4000万円台が目前に迫っている。
決算資料などで1棟単価を公表している大手住宅メーカーでは、住友林業は横ばいのようにみえるが、16年度は延床面積38.4坪で3420万円に対して、19年度第2四半期は36.8坪で3420万円なので、坪単価は89.1万円から92.9万円に4.3%上がっていることになる。
大手の物件購入者の世帯年収の平均は900万円近くに
大手メーカーの決算から一戸建て注文住宅の実績をみると、売り上げ戸数は減少しているのに、売上高を維持しているところが多い。それはこの1棟単価の引上げによる効果だ。
こんなに高いと平均的な会社員では手が届かないかもしれないが、大手で家を建てる人は管理職クラスなど、会社員でも年収の高い層が中心。ある大手では、「当社の顧客の平均年収は1300万円」としているほど。そこまでいかなくても、大手住宅メーカーで注文住宅を建てた人を中心とする、住宅生産団体連合会の調査をみると、図表2にあるように、平均年収は800万円台の後半で、一時は900万円に近づいたこともある。たしかに、それなりの年収を得ている人が中心であることが分かる。大手のなかでも1棟単価が一段と高い積水ハウス、大和ハウス工業の顧客だけに限れば、年収1000万円を超えているのではないだろうか。
こうした比較的年収が高く、社会的地位が高い人であれば、大手のブランドの「高い住宅」であることがアピールポイントになる面もある。
大手住宅メーカーは価格上昇に伴い、性能面をアップ
それでも、ただ単に価格が高くなっただけでは、お客も納得はできない。高いなら高いなりの理由がないと、買ってくれないだろう。実際、大手住宅メーカーの商品はこのところ、さまざまな面で付加価値を高め、中堅以下との差別化要因を強め、それを強調する広告宣伝などが目立っている。
そのポイントはさまざまだが、デザイン、インテリアなどを除いた基本性能面では、耐久性能、省エネ性能、耐震性能の向上の3点を挙げることができる。
耐久性能の向上としては、100年以上継続して使用できる長期優良住宅仕様が当たり前になっている。また、住宅品確法の性能保証は当初の10年間だが、大手のほとんどは30年保証を実施しており、旭化成ホームズのヘーベルハウスでは60年間の性能保証、無料点検を実施している。
将来的に売却する必要が発生したときにも、大手10社でつくる「スムストック」(大手10社共通の基準をつくり、その基準を満たす住宅を指す)によって、市場の相場より高く評価される仕組みを構築している。高断熱・高気密で地球にも、家計にも、健康にもやさしい。
省エネ性能の向上は、地球温暖化防止のために不可欠であり、それを体現するため、建物を高断熱・高気密化して、太陽光発電設備などの創エネ設備、蓄電池を備えたゼロエネルギーハウス(ZEH)が増えている。
このZEHは、家中の温度を一定に保つので、夏場の室内での熱中症、冬場のヒートショックのリスクを低減するなど、住む人の健康にもやさしいという効果があり、合わせて、光熱費の削減にもつながる。地球にも、家計にも、そして健康にもやさしい住まいとして、今後も重要な差別化要因になるだろう。
積水ハウスでは、「グリーンファーストゼロ」と呼んでいるが、その割合が図表3にあるように、2018年度段階で同社の受注の79%を占めるに至っている。豪雪地帯では、太陽光発電設備の設置の効果があまり期待できないため、100%は難しく、79%という数字はかなり限界値に近いのではないかとみられる。
「震度7に60回耐えた家」など耐震性能も大幅向上
最後に、耐震性能も向上している。もともと耐震性能が高いとされる2×4住宅の三井ホームの、最近のコマーシャルのうたい文句は「震度7に60回耐えた家」。実物大の建物による実験で震度7の衝撃を60回加えても、建物にほとんど損傷はなかったという。ここまで大げさな表現でなくても、大手のほとんどが耐震性能の高さを強調している。
やはり積水ハウスの例をみると、独自開発の制震装置「シーカス」の採用率が96%に達している(図表3参照)。制震装置は、地盤の揺れをかなり吸収して、建物の損傷を小さくし、家具の倒壊などによる被害を抑制できる。
こうした技術開発はメーカーとして大きなコストアップ要因になるし、実際にそうした機能を付加するとなれば、住宅価格の押し上げ要因となるのは間違いないだろう。
新興メーカーや中堅メーカーなら予算は半分
ただ、最近は、タマホームなどの新興企業群、中堅企業でも大手のこうした基本性能の高さに追いつきつつある。タマホームでも長期優良住宅への対応を進めているが、1棟単価は2019年度第1四半期の決算で1757万円。図表1にある大手メーカーの半分以下の価格になっている。また、分譲一戸建て(建売住宅)中心の飯田産業グループのグループ6社の建売住宅の平均価格は2019年度第2四半期の平均で2710万円。建売住宅だから土地の値段も含まれているので、建物だけに限ればやはり2000万円を切っているはずだ。
たしかに、大手住宅メーカーの商品は高いだけあって付加価値の高い住まいになっているが、新興企業、中堅メーカーも安い価格で大手品質をキャッチアップしようとしている。
要は、大手住宅メーカーの住まいに住むというプライドと安心感を取るか、価格の安さを優先して新興企業や中堅メーカーの住まいでよしとするか、選択は購入する人、住まう人の価値観しだいということになりそうだ。
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