壁や天井をはがして骨組みをあらわにした上で行う、スケルトンリノベ(フルリノベ)。通常のリフォームより自由度は高いですが、なんでも好きにできるわけではなく、構造的に不可能なことも存在します。工事を依頼する前に、リノベーションで叶えられること・そうでないことをしっかり確認しましょう。【ちきりん著:書籍『徹底的に考えてリノベをしたら、みんなに伝えたくなった50のこと』(ダイヤモンド社)から転載】
リノベをしても変えられないことはたくさんある!
さて、今回はリノベ前に理解しておくべき3つの大切なことのうち、1つ目の「スケルトンリノベでも、できないことはたくさんある」ということについて解説していきます。
・1つ目 リノベでもできないことはたくさんある(この記事で解説)
・2つ目 リノベは客と業者の共同プロジェクト
・3つ目 予算もスケジュールも自分次第
壁や床、天井をすべてはがして作り変えるのであれば、希望通りの間取りが実現できると思っている人は多いし、私もそう思っていました。実はリノベ会社の人でも(営業段階では)そう断言する人もいます。でも極端に言えば「それはウソ」です。戸建てでも制約はありますが、集合住宅であるマンションにはさらにたくさんの制約があります。
マンションの場合「外から見える部分」は変えられない
当たり前ですが、共同住宅であるマンションでは自分の所有部分しか変えられません。ざっくりいえば「外側から見える部分」は変えられないので、玄関ドアや窓のサッシを取りかえたり、最近はやりのスマートロックを取りつけたりはできません。
マンションの外観は全戸の統一感がとれていることに価値があり、その統一感が所有者全体の財産なので、勝手な変更は(たとえ新しくなるとしても)許されないのです(ただし、外から見えない玄関ドア内側の色を変えたり、既存サッシの内側に窓をつけて二重窓にすることはできます)。
水回りの移動は大変
もう1つ変えられないのが、間取り図に「PS」と表示されているパイプスペースです。この中にはマンションの最上階から最下階までつながっている縦管が入っており、トイレからの汚水やお風呂、台所からの排水を各階から下に流しています(写真1で便器の左側にあるのがその縦管です)。
このパイプを自分の階(部屋)だけ別の場所に移動するのは不可能なので、PSの位置は「絶対に」動かせません。
通常、新築マンションの水回り設備はPSのすぐそばに配置してあります。なので、もしリノベでそれらの場所を変更すると、新たなキッチンやトイレから既存のPS縦管までを、横方向の排水管(横走り管)でつなぐ必要が出てきます。
横走り排水管は床下を通しますが、水を流すには一定の勾配が必要になるため、水回り設備を縦管から離れた場所に動かすと勾配確保のため床を上げる必要が出てきます(図表1)。
図表1: トイレの移動と天井高の関係
写真1でも便器は縦管のすぐそばにありますが、それでも便器と縦管をつなぐ排水管にはかなりの勾配がついています。トイレを遠い位置に動かすと、この勾配を保ったまま管を延ばすことになるため、相当床を上げないといけなくなるのです。
特に、ほぼ水だけが流れる台所やお風呂とは異なり、排泄物や紙なども詰まりなく流れる勾配を確保するため、多くの場合「トイレを動かすのはもっともむずかしい」といわれます。
また、部屋の中に複数の縦管がある場合でも、トイレとつなぐ管は別の縦管に変更できない場合が多いようです。なので通常はリノベしても、トイレは今つながっている縦管のすぐ近く(つまり今とほぼ同じ場所)に配置することになります。
こう考えると「スケルトン・リノベなら水回りはどこにでも動かせる」というのはかなりウソに近く、むしろ「動かそうと思えば動かせるけど、トイレやお風呂を大きく動かしたら天井は低くなるし、コストもかかる」というのが正しい表現ではないでしょうか。
伊豆などリゾート地のマンションでは、海の見える窓側にお風呂を設置したマンションが売られていますが、あれは最初からそう設計されているから可能なのであって、あとからあんな場所にお風呂を移動するのはとても大変なのです。
直床だとさらに大変
しかも私のマンションは直床(じかゆか)といって、床のコンクリートの上に直接フローリングが貼ってありました。直床にすると新築マンションを売る際に天井高を大きく表記できるし、床を組むコストも削減できます。
でも直床では、床下に横走り排水管を通すための空間がありません。このため我が家では、トイレやお風呂など水回りの部分のみコンクリート床に段差が設けられていました(写真2。低い部分をピットと呼びます)。
こういう構造の場合、水回り設備をピットの外に移そうとすると、床を上げることに加え、玄関などに従来は存在しなかった段差が出現します(図表2)。このため私も当初考えていた間取りを諦め、できるかぎり水回りを動かさないプランに変更しました。
図表2: 直床・ピットの場合の水回りの移動
でも自分のマンションがそんな構造になっているなんて、20年住んでいても知る機会はありませんでした。リノベを始め、専門家と話して初めて知った制約だったのです。
マンションの構造はいろいろですし、設計の工夫もさまざまに可能です。でも「スケルトンにしてリノベすればなんでもできる」というのは「お金をかければ」「天井が低くなってもよければ」「玄関に今までになかった段差が出現してもよければ」できる、と理解すべきことなのです。
構造を支える梁(はり)と壁は壊せない
もう1つ動かしたりなくしたりできないのが、建物全体を支えている柱や梁(はり)、もしくは壁です。マンションは、大きく分ければ「柱と梁で支えられている」か「床と壁で支えられている」かのいずれかです。
前者の場合、梁(=構造維持のための梁)を削ったり、なくしたりすることはできません。そのかわり、屋内の壁はすべて解体・撤去できます。極端な話、全体をワンルームにすることも可能です。
一方、床と壁で構造を支えている場合、構造を支える壁は壊せません。このため隣り合った2部屋を1部屋にするといった間取りの変更さえ不可能な場合があります。
天井に張り出した大きな梁は圧迫感があり、リノベのことを考えないなら壁で構造を支える(梁のない)マンションのほうがよさそうですが、いざリノベをするとなれば、梁で支えているほうが間取り変更の制約は少なくなります。
なお、梁のように見えていても実は構造を支えるコンクリートの梁ではなく、ダクトや電気配線、給水管を通すための空間を確保しているだけという場合もあります(これを「ふかしてある」と言います)。この部分は設計の工夫により小さくすることができます。
「削ったりなくしたりできない」のは建物を支えている柱や梁のみです。これは壁も同じで、すべての壁が構造壁なわけではありません。当然、そうでない壁はリノベで撤去できます。
いずれにせよ理解しておくべきは、「マンションは、リノベのしやすさなどほとんど考えずに建てられている」ということです。新築マンションを売るときに「このマンションは、リノベしやすい構造ですよ。20年後にそのよさがわかりますよ」などと言っても、客は反応しません。20年後のメリットなんて考える余裕も必要もないからです。
さらに、40年以上前のマンションや団地ともなれば、リノベなんてまったく想定せずに建ててあります。これは手抜きでもなんでもなく、そういう時代だったということです。そうなると、梁や壁以外でも変更できない点が出てきます。それらを事前に素人が把握するのは(たとえそこに長く住んでいたとしても)とてもむずかしいのです。
プロでも壊すまでわからないことがある
素人にはわからなくても、「リノベのプロが図面と現地を見ればすべてわかるのでは?」と思いがちですが、そうでさえありません。実は彼らにとっても「壊してみるまでわからないこと」があるんです。これには私もびっくりしました。
マンションの施工記録であるはずの設計図は「竣工図」とか「建築(設計)図書」と呼ばれ、通常は管理組合室で保管されています。ところがこの図面と現状にズレがあるのは珍しいことではありません。というのも、新築工事中に現場の事情で設計図とは異なる施工がおこなわれ、その情報が設計士に届いていないなど、当初の図面がきちんと更新されていない場合も多々あるからです。
また、電気配線から配管の通り道まで詳細な図面が残っている場合もあれば、構造など重要な図面しか存在しないこともあります。それどころか古いマンションになると、図面自体が(紛失などで)残っていない場合もあるのです。
うちのマンションはそこそこちゃんとした図面が残っていました。それでも私の「こういう設備をつけたい」とか「このサイズのユニットバスを」といった要望は、「壁や床を壊してみるまで、できるかどうかわからない」と言われました。
あれこれ迷った挙げ句にキッチンやユニットバスを選び、床材や壁紙、スイッチの色まで決め、契約書に判子を押して数百万円を払ったあとでも、「工事を始めるまで、図面通り施工できるかどうかわからない」と言われるなんて信じがたく思えますが、それが現実です。
私は数社に見積もりやプランを出してもらい、そのなかから1社を選んで契約しました。その会社に「御社にお願いすることにしました」と連絡したら、「ありがとうございます。これから思い通りにいかないこともあると思いますが、あらためてよろしくお願いします」というメールが返ってきて、ちょっと固まりました。工事が始まる直前にも「解体後に予定通りの施工ができるか……緊張します」というメールが送られてきて、「かんべんしてよ」と脳内でつぶやきました。
プロ側が「できます」と言ったことが「やっぱりできませんでした」では顧客を怒らせてしまいます。反対に「できるかどうかわからない」と言っておけば、できたときに一緒に喜べるわけですから、確実でないことは「できないかも」と伝えておくのが誠実な態度なのでしょう。それでもそんなふうに言われたら、不安がつのります。
もちろん専門家が現地と図面を見れば、大枠ではできること、できないことがわかります。図面がなくても経験的に「おそらくこうなっているはず」と推定してもらえることもあります。でも推定はあくまで推定です。
壊してみないとわからないもののなかには、躯体(くたい)の傷み具合も含まれます(写真3)。コンクリートの躯体に大きなクラック(ヒビ)が入っていたら、まずそれを(躯体は共用部分なので、管理組合に依頼して組合の費用で)直してもらわないとリノベ工事が続けられません。組合が機能していればいいですが、そうでないと余計な手間と時間が(時には費用も)かかってしまいます。
こうしたヒビは壁紙や石膏ボードの下に隠れているので、既存の壁や天井を壊してみるまでわかりません。原因も新築時の施工不良のほか、地震の影響などもあり、事前予測ができません。頻繁に起こることではありませんが、中古マンションのリノベではそういったリスクもあるのです。
まとめ「リノベでできること・できないことを知っておこう」
・スケルトン・リノベでもできないことはたくさんあります。このことを知っておくのは、とても大切なことです。
・特に水回りの位置変更には制約が多く、なかでもトイレの場所を大きく変えるのはとてもむずかしいです。
・ここでは紹介しませんでしたが、マンションリノベでは、防音のため床材の選択肢に制限がかかる場合や、工事申請書に加えて近隣住民からの同意書が必要になる場合もあります。提出期限も含め詳細は管理規約に書いてあるので、早めに確認しましょう。
【関連記事】>>マンションの建築構造を解説! RC造とSRC造の違いなど、基本を知っておこう
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