リノベーションが失敗する大きな原因のひとつは、「お金を払うから、あとは業者にお任せ」という姿勢で取り組んでしまうこと。リノベーションでは、予想もしなかったさまざまな問題が頻繁に発生するので、顧客と業者のコミュニケーションがとても大切です。そこで、「リノベは客と業者の共同プロジェクトだ」と考えると、リノベへの向き合い方や、リノベ会社との付き合い方の正解が見えてきます。【ちきりん著:書籍『徹底的に考えてリノベをしたら、みんなに伝えたくなった50のこと』(ダイヤモンド社)から転載】
リノベは「お金を払うから後はやっておいて!」だと失敗する
リノベを始める前に理解しておくべきことの2つ目、それは「リノベは共同プロジェクト」だということです。これはリノベ以外の生活でも役立つ重要なコンセプトだと思います。
・1つ目 リノベでもできないことはたくさんある
・2つ目 リノベは客と業者の共同プロジェクト(この記事で解説)
・3つ目 リノベの予算は自分次第
世の中の取引には、売り手と買い手が「等価な価値を交換する取引」と「両者で共に創出した価値を分け合う共同プロジェクト型の取引」があります。
日常的なお買い物の大半は前者です。500円のお弁当と500円分の現金を交換する。3000円のセーターと3000円の電子マネーを交換する。いずれも等価値である2つのものを、売り手と買い手が交換しています。
それにたいして、売り手と買い手が共同して価値を生み出し、生み出された価値を両者で分け合うという取引があります。典型的なのは医療です。
医者は専門知識や技術の提供者であり「稼ぐ人」です。一方の患者は、病気やケガを治すため、医者にお金を払います。しかしそれは患者が「健康をください」と言ってお金を払い、医者が「はい、2万円です」といって健康を渡すような、等価値交換型の取引ではありません。
患者は自分の体の状況をコト細かに説明し、医者は問診をしたり検査をして病状を判断、薬を出したり手術をしたりします。しかし「医者は専門家なのだから、患者が情報提供をしなくても病状を理解できるはずだ」などと言って、自分の生活習慣や症状を正直に話さなければ、医者であっても正しい診断はできません。
医療というのは医者と患者が共通の目標に向かって共に努力して価値を生み出し、その価値を医者は収入ややりがい、名声や経験値として、患者は健康として分け合う共同プロジェクト型の取引なのです。
スポーツジムや英会話学校に通うのも同じです。「英検1級の英語力ください」「20万円になります」みたいな、等価値交換型の取引ではありません。「20万円も払ったのにまったく話せるようにならなかった」と文句を言う人はそれが理解できていないのです。
このコンセプトについては、ごく自然に理解できる人と、なかなか理解できない人がいます。前者の多くは、自分自身も共同プロジェクト型の仕事をしている人です。ところが、自分がやっているビジネスが等価値交換型の場合や、働いたことがなく”買い物”=という当価値交換型の取引しか知らない人の場合、共同プロジェクト型の取引について理解するのがとてもむずかしく、リノベも当然、そういう取引だと思い込んでしまいます。
そして「お金はいくらでも払うから完璧な家を作ってちょうだい」とか「大金を払っているのだから、オレの言うとおりやればいい」という態度に陥ってしまうのです。
共同プロジェクト型取引では、問題が起こって当たり前
2つの取引には、もう1つ大きな違いがあります。等価値交換型の取引では、売り手と買い手はそれぞれ「完璧な価値」を相手に渡すよう求められるため、双方が義務を果たせば問題は発生しません。問題が起こった場合も、問題を発生させたほうが単独でそれを解決する義務を負います。
しかし共同プロジェクト型取引では、「問題は起こって当たり前」で、「それをどう共に解決するかが重要」です。医者が処方した薬を指示通り飲んでも、すべての患者に同じ効果が表れたりはしません。人によっては副作用だけが出てくる場合もあるのです。
そんな時、「問題が発生しないようにするのがプロの仕事だろ!」とか「問題が起こったのはあいつがヤブ医者だからだ」と文句を言っても、問題は解決できません。「医者が飲めと言った薬を飲んだのに治らない!」と怒るより、すぐにでも医者と協力し、「次の手」を一緒に考えるべきなのです。
リノベの場合も、リノベ会社が「こういう問題が起こりまして……」と客に知らせると、いきなり「なんでそんな問題が起こるんだ!」と怒り出す人がいます。たしかに2つの取引の違いがわかっていなければ、そう思うかもしれません。でも病気の治療の場合と同様、リノベでも問題は必ず起こるし、それを解決するには双方の協力が不可欠です。ここを理解しないとリノベは成功しません。
共同プロジェクト成功の鍵はコミュニケーション
さて、リノベが顧客とリノベ担当者の共同プロジェクトだとすれば、もっとも大事なのは両者のコミュニケーションができるだけスムーズにおこなわれることです。
ところがこれが一筋縄ではいきません。というのも、自宅とは素の自分をもっとも自由に解放できる場所なのに、それをセキララに開示するには、リノベ会社の担当者はあまりに他人すぎるからです。
「私はトイレに入ってもドアを閉めません。友達もおらず誰も遊びにこないので、トイレにはドアをつけなくていいです」と初めて会った設計士に伝えるのは、けっこう勇気がいりますよね(私の話ではありません。念のため)。
さまざまな顧客を知るリノベ担当者は、客の様子から「ここは踏み込んでほしくないんだな」と思えば、それ以上は入ってきません。なので、できるのは両者が「できるだけなんでも言える、言ってもらえる関係を築く」ことしかありません。
お金に関する見栄を張らない
お金に関しても同じです。世の中には聞いてもいないのに「オレには金がある!」と言いたがる人もいれば、それなりのお金をもっているのに、「金はない」とうそぶく人もいます。
リノベ担当者が、平米4万円と2万円の床材サンプルを見せ、どちらがよいか聞いてきたとしましょう。安いほうが気に入ったのに「そっちを選ぶと、金持ちなのにケチだと思われるのでは?」と迷う人もいれば、「2万円でも高い! もっと安いのでいい」と感じたのに、そう言い出せない人もいます。
もっとも不毛なのは、お金が理由なのにほかの理由を口にすることです。「それは高すぎる!」と言えないがために別の理由で「ダメ」と伝えてしまうと、担当者はその(ウソの)理由を解決する方法を考えようとします。これではお互いに無駄な時間を使うだけです。
この点に関する私のお勧めは、リノベを擬似的な仕事だと考えることです。仕事なら「この仕事の予算は500万円です」というのは、自分が金持ちか貧乏か、ケチかどうかには関係ありません。「予算以内に収めるのが自分の仕事」と割り切れば、高ければ高いと躊躇なく言えるようになります。
リノベは客と業者の共同プロジェクトなので、予算内で最高の成果をあげるにはどうすればよいのか、それぞれ知恵を出し合えばいいのです。
「自分を見せられる担当者」を選ぼう
自宅リノベの場合、リノベ会社の担当者が家まで現地調査にやってきます。その際、彼らはすべての部屋やクロゼットの中を(もちろん施主の許可を得て)撮影していきます。
私は下着を収納している引き出しに下着のイラストを描いて貼っていたのですが、こんなものを何社もの会社が写真に収めて帰ったのかと思うとクラクラします。
もちろん彼らもプロだし客商売なので、どんなに驚くようなモノを見ても、あからさまにコメントすることはありません。撮影された写真が流出したと聞いたこともありません(このご時世、そんな事件が1つでも起これば商売が成り立たないでしょう)。
でも、「初めて会う人にすべて見られるし、すべて知られる」のが自宅リノベーションです。反対にいえば、生活のすべてを開示するからこそ、自分の生活にベストフィットするプランを考えてもらえるのだともいえます。
持っている本、集めているコレクション、洋服の量、料理をしているか、かたづけが得意か、捨てられない性格か、などのほか、ベッドのタイプや位置など、家族との関係や交友関係を想像させるあらゆる場所を他人に見られてしまう。
頭で考えると、「それはちょっと……」とも思うけれど、だからこそ自分にあった家を提案してもらえるのです。
住んでいる場所とは別に中古マンションを買い、そこをリノベしてもらう場合、設計士が現地調査に行くのは施主がまだ住んでいないマンションです。この場合、打合せをリノベ会社のオフィスでおこなえばプライバシーは守られます。
でもそれでは、設計士にリアルな生活ぶりを理解してもらうことができません。だからその場合でもあえて何度かは自宅に来てもらい、今まさに住んでいる部屋を見てもらいつつ打合せをしたほうがいいんじゃないでしょうか。
そう考えてみれば、リノベ会社を選ぶときのポイントも浮かび上がります。それは、自分はこの担当者にどこまで見栄を張らず、恥ずかしがらず、自分の望む生活スタイルや予算を伝えられるか。話しやすいと思えるか、ということです。すごく優秀で頼りになりそうだけど、バカなことを言ったら笑われそう──そんな人に自宅のリノベを頼むと、共同プロジェクトはうまく進みません。
今回、途中でそう気づいた私は、できるかぎり率直に自分の希望を伝えることにしました。「テレビが大好きだから、あらゆる場所から見られるようにしたい」「トイレはベッドから近く」「マメなお手入れや掃除は苦手」──勇気をだしてこれらを伝えたことは「圧倒的に暮らしやすい部屋」を手に入れるため、とても役立ったと思います。
他人の意見を聞きすぎて、考えをぶらさないこと
もう1つ、実体験を通して学んだことがあります。私には一級建築士とインテリアコーディネーターの資格を持ち、自ら不動産会社を経営する友人がいます。その会社はリノベはやっていないのですが、参考のため途中で間取り案を見せ、意見を聞いてみたところ、次のようなメールが返ってきました。
自分なら玄関ホールのある3分の1くらいのラインに浴室とトイレを納めて、大きなアイランド型の特注のキッチンをつくってもらうかな。ちきりんはよく料理をするから、このプランのキッチンだと圧迫感があるのでは? 壁を見ながら料理するより、開けた景色を見ながらするほうがリラックスできるよ」
以上、まとめれば「大金を投じて、なんでこんな変な間取りにするの?」という意見だったので、思わず笑ってしまいました。というのも友人が勧める間取りは、そのまんまこの友人宅の間取りだったからです。
友人の案のほうが、一般的に好まれる間取りだということはわかります。でも私が手に入れたいのは、自分の生活に完全にフィットしたオリジナルの家でした。そう思ったので、友人には角が立たないようアドバイスのお礼だけ伝えました。
ところが、ここからがおもしろかったのです。私はこのやりとりを担当の設計士に伝えました。「こんなに仲のいい友人でも、理想の部屋については意見がまったく違ってびっくりしました〜」と言いたかっただけなのですが、設計士の方は「あちゃー!」という感じで青くなって話を聞いていらっしゃいました。そして最後になってようやく「本当にほっとしました」と安堵されたのです。これはいったいどういうことでしょう?
彼に言わせると、こういった「知り合いの専門家」にアドバイスを求めるお客さんはたくさんいるそうです。専門家以外でも(今リノベをしていると話すと)リノベ経験のある友人から親戚のおじちゃんまで、あれこれアドバイスしてくれる人が現れます。
そして、そういった人の意見を聞いて施主の意見がブレ始めると、収拾がつかなくなります。
間取りにしろ内装デザインにしろ算数ではないので、正しい答えが1つあるわけではありません。だれかが書いた設計図に意見を言えといわれたら、それなりの経験のある人ならいくらでも意見が言えるでしょう。でも彼らは現地を見たり、予算の詳細まで把握しているわけではありません。
これは前述した、医者と患者の関係と同じです。セカンドオピニオンをとることは大事ですが、詳細なカルテも見ず、治療全体に責任も負っていないほかの医師に意見を聞き、「知り合いの医者にこう言われたので薬を変えてほしい」などと主治医に言い出しては、信頼関係が壊れてしまいます。
リノベを始めると、周りの「詳しい人」にいろいろ意見を聞きたくなります。でも、もっとも大事なのは共同プロジェクトを一緒に進める担当者との関係です。
見積書に関しても、ほかの人に見せれば「ここはもっと安くできるはず」などアドバイスしてくれる人が現れますが、現場も見ずに適切な見積もりなどできません。そんなコトを言って担当者とギクシャクしはじめたら、プロジェクトはうまく進みません。
私は今でも、深く考えもせず友人とのやりとりを伝え、担当の設計士さんをたとえ一瞬でも不安にさせてしまったことを本当に申し訳なく思っています。
まとめ「リノベは客と業者の共同プロジェクトである」
・「リノベは顧客とリノベ会社の担当者による共同プロジェクト」です。
・共同プロジェクトでは「問題は起こって当たり前」で、その問題を客と担当者が協力して解決していくことになります。
・リノベ会社を選ぶときは、自分はこの担当者に何でも話せ、問題が起こっても協力して前向きに対処できそうか、と考えてみましょう。
・リノベ会社の方はぜひこの本をお客様に勧めてください。そうすれば共同プロジェクトはずっと進めやすくなるはずです。
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