小学館のコミック雑誌「ビッグコミック」で2017年から連載中のマンガ『正直不動産』が、不動産業のリアルな現実を描いて好評を得ている。メディアで大きく報じられた「地面師」や「欠陥マンション」などのテーマを次々に取り上げ、単行本も第5巻が発売されたばかり。『正直不動産』の原案の担当で、2003年から10年連載した人気マンガ『クロサギ』の原案者としても著名な夏原武氏に『正直不動産』が誕生した背景や、取材を通じて見た不動産業について語ってもらった。
不動産業界は
「マンガのネタが尽きない」
――不動産の営業マンを主人公にしたマンガは過去になかったと思いますが。
夏原 主人公が「不動産の大家さん」はあっても、主人公が「不動産営業マン」というマンガは初めてでしょうね。金融では『ナニワ金融道』などがあるが、不動産取引では交渉や契約などの実務の内幕を描いたような作品はなかった。
不動産業には、昔からの不動産屋のイメージも残っています。自分が何の商売をしているのかを、他人にはあまり言いたくない人もいる商売じゃないですか。昔で言うと消費者金融。「私、サラ金に勤めてます」とは言わずに、「金融関係です」とごまかしたくなるような。
――『正直不動産』が誕生したきっかけは、小学館の担当編集者が不動産取引を経験して不動産業者と消費者との「情報格差」が大きいことを実感したことだと聞きましたが、夏原さんと不動産との関わりは?
夏原 父親が建設省のOBで、土木コンサルタント会社に天下って談合屋をやっていました。その仕事などを手伝う中で、代理で談合屋の集まりに出たこともある。1980年代の土地バブル時代に地上げなどに関わる機会もありました。
当時の不動産業界には、ブローカー(仲介人)みたいな人間がウヨウヨいて、都内有名ホテルのロビーの喫茶店で情報交換している喫茶店ブローカー、略して“キサブロー”なんて連中もいました。やたら景気のいい、デカい話ばかりしていた。そのわりに、帰るときに誰も伝票を取ろうとしない(笑)。おかしなヤツらでしたね。
――現在の仕事をするようになったのはいつからですか。
夏原 モノを書くようになったのは30歳を過ぎてから。土地バブルが崩壊して、地上げ事件や談合汚職事件などが次々に表面化し始めた頃です。地下経済やヤクザなどのテーマを追いかけて別冊宝島などの雑誌でルポを書くようになった。やっぱり、おカネの流れって面白いじゃないですか。組織が動く原理も結局はカネだし……。
ウラ社会もカネで動いていて、詐欺師も狙いは同じ。それが『クロサギ』というマンガになった。もともとノンフィクションのルポを書くのが本業で、最上恒産や桃源社などバブル紳士と呼ばれた不動産業者も取材して回った。
――今では考えられない時代でした。
夏原 土地・建物は誰にとっても必要なものだから、不動産業は「一山当てよう」といった山師的な発想のビジネスであってはならないはずだけどね。でも、バブル時代には午前中に不動産を買って、その日の午後に売って1億円もうかったなんてことが実際にあった。
日本も人口がどんどん減り始めて、もう、あんな時代は来ないことは誰もが分かっている。それでも不動産の営業マンは今でも「両手取引できないヤツは使えない」と言われるわけですからね。やっぱりバブルでおかしくなって、そこから抜け切れないんだと思う。
――『正直不動産』の主人公、永瀬財地の設定(注)がいかにもマンガ的で面白い。(注:ウソばかり吐いて営業成績を上げてきたやり手の営業マンが、アパートの建設予定地に建っていた古い祠を壊したことで何かに憑りつかれてしまい、ウソを吐きたくても、本当のことしか話せなくなってしまう)
夏原 『正直不動産』はマンガですから、啓蒙するのが目的ではなく、あくまでもエンターテインメント。「へえ~、こんなことがあるんだ」と面白く楽しく読んでくれたらいい。主人公が不動産取引で騙されないための啓蒙とか、うんちくとかを語り出したら、だんだん鼻につくようになる。そうならないように気を付けながら書いています。主人公も本当のことをしゃべりたくて、しゃべってるわけじゃない。正直にやるしか他に選択肢がないという設定が作品を成立させているんです。
――不動産業界関係者以外は知らないような手口を次々に取り上げていますが、どのように情報収集しているのですか。
夏原 もちろんタチの悪い不動産業者は取材に応じてくれないですが、親しくなると教えてくれる業者はいる。「今はやめたけど、以前はこんな手口を使っていた」とか、業者同士の足の引っ張り合いで「うちはやってないけど、他ではやっている」とか。実際の現場まで行くのは大変ですが、いろいろ突っ込んで聞くと、細切れに情報が出てきて、それをつないでいくという感じですね。
不動産業者にも、仲介手数料を安くしながら、ちゃんと利益を出している真面目な会社もいます。そうしたところは、少しでも不動産業界を良くしたいと思っていて協力してくれる。取材していてネタを拾っているときが楽しい。「へえ、そんな手口があるんだ」と驚くことばかりの業界ですよ。
――読者からの反響はいかがですか。
夏原 「『正直不動産』のスタイルは発明だ、面白い」「ネタも設定も内容もいい」「業界の中を覗き見できて面白い」などの反響をいただいています。おかげで不動産業以外の業界も取り上げてほしいとのオファーも来るようになった。例えば「”正直保険屋”なんてどうか?」と聞かれますが、保険に絡む犯罪は限られるので、ステレオタイプっぽい作品になってネタ切れする可能性が高い。
不動産はその点、シェアハウスのかぼちゃの馬車、レオパレス21、TATERUなどのサブリース問題やら、積水ハウスの地面師事件やら、次々に事件が表面化してネタが尽きない。土地・建物は誰にとっても必要だし、用途は住宅だけでなく、倉庫だったり、駐車場だったり、農地だったりで、それぞれに問題を抱えているので、いろんな切り口があります。
また、『正直不動産』は、不動産を買ったり売ったりをメーンに描いているので、不動産業以外の営業関係の方からの反響も多い。会社からの命令・指示で、自分の良心と葛藤しながら、商品やサービスを売っている人が多くいるからでしょう。
ビッグコミックが発売される毎月10日、25日になると、「今日も『正直不動産』読んで、ガンバロー」なんてツイートが流れたりする。『正直不動産』に比べれば、自分の方がまだマシだと思って励ますのでしょうね。誰しも心の痛みを抱えながら仕事しているのかもしれませんが、不動産業を取材していると「自分の心を消して営業していたが、それに耐えられなくなった」という話を聞きますよ。
日本の不動産業界は、
なぜ健全化しないのか
――不動産業界の最大の問題は何だと思いますか。
夏原 不動産市場の全体像を不動産業者だけが掴んでいて、消費者には知らされていないことでしょう。消費者は不動産業者に「条件に合う物件はこれです」と言われても確かめようがないので、信用するしかない。会員不動産業者だけがアクセスできる不動産情報流通システム「レインズ」を公開すれば消費者も納得するでしょうから、その方が良いという不動産業者もいますが、実現しない。
不動産売買の仲介手数料の上限規制(400万円超の不動産価格で3%+6万円)なんかも取っ払うべき。手数料が高くても良いサービスを提供する業者、安くてそこそこのサービスを提供する業者、それぞれに競争して淘汰されていくのが健全な市場でしょう。結局、不動産業は競争がない業界なんですよ。
――現状のままでは変わりませんか。
夏原 アマゾンが本格的に不動産事業を始めれば、日本の不動産業界なんてアッという間に潰されるんじゃないですか。アマゾンに痛い目にあってきた業界はたくさんありますから。その前に、売り主と買い主の両方から仲介手数料を得る「両手取引」を禁止するとか、レインズを一般公開するとか、業界の健全化を図るべきでしょう。ただ、不動産流通の大手企業にその気が全くない。大手が率先して両手取引を行っているわけですから。
土地・建物は、人間が暮らしていくのに絶対に必要なもの。それなのに不動産業者だけが情報を握り、消費者は全くの素人。不動産業者は自分の思惑通りに契約を成立させたいわけですから、そこに策略や詐術が入り込んでくる。
【関連記事はこちら】>>大手不動産仲介会社は、「両手取引」が蔓延?! 住友不動産販売の「両手比率」は62.75%! 不動産売却時は、「両手比率」が高い会社に注意を
――素人を騙すのは容易でしょうね。
夏原 媒介契約には、専属専任媒介、専任媒介、一般媒介の3種類がありますが、説明を聞いたって消費者にはどれを選べば良いのか分からない。「専属専任で任せてもらえば全力でやりますから……」と言って契約を結び、3ヶ月の契約期間が切れるギリギリになったら「見つからなかったので、うちが買い取ります」と言って、買取再販業者に流すケースも目立つ。そうした状況に警鐘を鳴らす業界団体もない。
一つの業界にいくつもの業界団体があるのはなぜか。不動産流通は、大手企業で組織する不動産流通経営協会、全国宅地建物取引業協会連合会、全日本不動産協会などに分かれて、それぞれが自分たちの利益のことしか考えていない。業界を所管する国土交通省も業界側の言いなりですからね。
むしろ国交省よりも東京都などにクレームを言った方が効くと思いますよ。いまの役人はちゃんと対応しないと、すぐにSNSなどで情報を拡散されるので、昔より動いてくれる。弁護士に相談するのもいいけど、不動産に詳しくない弁護士もいるので選び方が難しい。
【関連記事はこちら】>>家を売るときの契約方法は、「一般媒介」「専任媒介」「専属専任媒介」でメリットが大きいのはどれ?
――消費者側も不動産業者の手口を知らないと、クレームを付けられない。
夏原 『正直不動産』で取り上げたAD物件(第4~5巻収録)なんて、ほとんどの消費者は知らないでしょう。ADとは広告の意味だが、その物件を扱うと不動産業者に別途、広告料が支払われて儲かるので、営業マンもAD物件を勧めてくる。消費者には、他にどんな物件があるのかは分からないから。
不動産広告の下の取扱業者名を記載する欄にADと書いてあるが、その部分に紙を貼ったり、砂消しゴムで削ったりしてコピーすればわからなくなる。紙の方がそうした細工がしやすいので、業務のIT化を推進しようとすると不動産業界は嫌がる。
――政府も不動産登記などのIT化を推進していますが……。
夏原 不動産登記がIT化されて、不動産業者が不動産を購入して転売するときに不動産業者を飛ばして移転登記を行う中間省略登記が違法になった。不動産業者は登録免許税や不動産取得税を負担せずに済むメリットが受けられなくなったが、現在でも抜け道を使って中間省略登記ができないわけではない。
宅地建物取引士の名義貸しも違法行為だが、いまだに名義貸しはやられてますからね。さらに国が法律をつくって規制しようとしても、自治体の事情で判断が変わることもある。素人の消費者にはワケが分からないだろう。
消費者には土地の相場が分からない。路線価も相続税を算出するためのもので、相場じゃない。株にしても、貴金属にしても指標になる価格があるのに、不動産には信用できる価格がない。
――以前からサブリース問題も注目されています。
夏原 かぼちゃの馬車から始まって、これだけサブリース問題が騒がれているにも関わらず、「サブリースを使った不動産投資はまだまだ行ける!」なんて記事が書かれている。確かに電卓を叩けば、現在の金利などを考えれば儲かるという結果が出るのかもしれないが、途中で条件が変わることが起きたらどうなるか、という視点が全くない。
最近は、若い人に「自分で住む」と言わせて住宅ローンを借りさせ、住宅を購入したあとでサブリースするという問題が出てきている。
――住宅金融支援機構が相当に怒っていると聞いてますよ。
夏原 サブリースは投資する側にも問題がある。実際に物件を見に行ったら、とても入居者が集まりそうもないことが分かるのに、見ないで投資する。昭和40年代に原野商法と呼ばれた投資話があったが、それと同じだ。
今後は都心部でも空き家・空き地がどんどん増えていくので、それをネタにして儲けようとする不動産業者が出てくるだろう。マンションで空き家が増えていけばスラム化する懸念は大きいし、きちんと管理するには大規模修繕工事などでカネがかかる。タワーマンションなんて墓標になるしかないと言う専門家までいる。
――最後に、『正直不動産』の連載が始まって2年ですが、今後の展開は?
夏原 人間としてウソは付きたくないが、付かないと契約が取れない。正直に営業しても成績が上がらないとクビになる。どこまで許容できるかの戦いをしているのが不動産の営業マンだろう。
不動産には売買や賃貸だけでなく、投資もあるし、相続もある。いろんなトラブルが次から次に起きていて、これまで取材してネタに困ったことは一度もない。これまでは戸建住宅やアパートなどの話題が多かったが、老朽化団地の建て替え、空き家の行政代執行、倉庫などの業務用施設整備、土地整理事業、農地の宅地転換など、不動産に関わる面白そうなネタはいくらでもある。楽しみにしていてください。
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