不動産売買の重要事項説明が、2021年4月からオンラインでも実施できるようになりました。ITを活用して行う「IT重説」が、どの宅地建物取引業者にも解禁されたので、今後は顧客から非対面取引を要求された時に「オンライン化には対応できません」と言いにくくなるでしょう。5月にデジタル改革関連法が成立したことで、書面の電子化に向けた準備も始まります。不動産取引でもオンライン取引の普及が進むことになりそうです。
※編集部追記:不動産売買における「電子書面交付」についても2022年5月18日から解禁されています。
<目次> |
「IT重説」がすべての宅建業者に解禁
まずは、不動産売買取引の一般的な流れ(下図)を見てみましょう。オレンジ色で塗られた箇所が、宅建業法により書面交付が義務付けられているものです。
この過程の中で、宅地建物取引業法によって対面で行うことが義務付けられていたのが重要事項説明(重説)でした。売買契約のオンライン化自体はすでに法的に認められており、非対面取引を実現するには、この「重説」がネックでした。
重説のオンライン化については、IT系企業が中心となって設立された経済団体「新経済連盟」(代表理事・三木谷浩史・楽天グループ会長兼社長)が、テレビ会議システムなどのITを活用して重説を行う「IT重説」の解禁を政府に要望してきました。国土交通省では、賃貸借契約でのIT重説は約2年間の社会実験を経て、2017年10月から解禁しています。
一方、売買取引での「IT重説」は、法人間では2015年8月から、個人間では2019年10月から社会実験が始まっており、宅地建物取引業者(以下、宅建業者)は、国交省に届け出て登録すればIT重説を行うことは可能でした。
しかし、登録事業者数は約850社と限られ、どの宅建業者でも対応できるわけではなかったので、実施件数は5年間で約2300件にとどまっていました。
2021年4月から、国交省が定めた「IT重説実施マニュアル」に基づいて、どの宅建業者でもIT重説を自由に行えるようになっています。
「脱ハンコ」を実現するデジタル改革関連法が施行されると、書面交付も電子化できるようになるので、宅建業者もオンライン取引の環境整備に本腰を入れて取り組むことになるでしょう。
IT重説ではZoomなどのテレビ会議システムが利用される
ITを活用して重要事項説明を行う「IT重説」では、さまざまな書類を画面上に映し出しながら説明を行うので、画面の小さいスマートフォンではなく、パソコンやタブレットの利用が推奨されています。
今回のコロナ禍で、日本でもパソコンで利用できる汎用タイプのテレビ会議システムが普及して、IT重説を利用しやすくなりました。
社会実験が始まった当初は、IT重説向けの専用システムが多く登場しましたが、不動産売買仲介などを行うミライアス株式会社の代表取締役、山本健司氏は、「最近はZoomやGoogle Meetを使うことが多いですね」と言います。
ほかには、国交省などで利用されているMicrosoft Teamsや、電話営業システムとして実績のあるベルフェイスなどが採用されています。
テレビ会議システムを利用する場合、ウェブカメラ、マイク、スピーカーが内蔵されていないデスクトップ型パソコンでは、外付けの周辺機器を購入して環境を整える必要があります。
ノート型パソコンやタブレットであれば、これらはほぼ内蔵されているので、インターネットに安定的に接続できる環境があれば問題ありません。
宅建業者から送られてくるメールに記載された接続URLにアクセスすれば、IT重説が始められます。事前にZoomなどのテレビ会議システム用アプリケーションソフトを無償ダウンロードしておくと、録画・録音なども簡単にできて便利です。
国交省の定めたIT重説の実施マニュアルでは、宅建業者には相手方のIT環境の事前確認が求められているので、IT重説を選択した時点で、テレビ会議システムなどをつないで事前に問題がないかどうかを確認しておくとよいでしょう。
IT重説はどのような流れで行われる?
IT重説(ITを活用した重要事項説明)では、テレビ会議システムを立ち上げたあと、最初に画面越しに宅建士の本人確認を行います。
顔写真付きの宅建士証をカメラにかざし、重説の説明者と顔が一致していること、事前に送付された重説書類に記名押印している宅建士と名前が一致していることを確認します。
次に、重説の相手方である買主が契約当事者本人であることを確認します。運転免許証、マイナンバーカード、社員証など、顔写真付きの公的身分証明書や第三者が発行した身分証をカメラにかざして、宅建士に確認してもらいます。
「IT重説の録画・録音は、トラブル時の解決手段として有効と考えられる」と、国交省の実施マニュアルにも明記されています。
ただし、録画・録音の利用目的を明確にし、IT重説の参加者の了解を得たうえで、記録改ざんを防止するために参加者全員がそれぞれに録画・録音することが望ましいでしょう。
また、個人情報保護の観点から、売主や貸主などの個人情報が含まれる部分は録画・録音を中断するなどの対応も必要となります。
本人確認と録画・録音対応を行えば、画面越しに相手の顔を見ながら、重説書類などを画面共有して説明を受けます。
最近では重説で伝えなければならない情報量が増えて、所要時間が2時間程度と長丁場になるので、重説実施の日程が調整しやすく、移動の負担が軽減できるなど、IT重説のほうが使い勝手が良いため、ニーズは高まっていくでしょう。
「電子書面」の交付も今年度中に解禁が期待される
IT重説は解禁されましたが、現時点では紙の書面交付は行わなければなりません※。デジタル改革関連法案が5月に成立したので、1年以内をめどに宅建業法でも押印が廃止され、電子書面の交付だけで済むようになることが期待されますが、それまでは記名押印した書面の交付が義務付けられています。
※編集部追記:不動産売買における重要事項説明書など各種契約書類についても、2022年5月18日からオンラインで可能な「電子書面交付」が解禁されています。
「不動産売買取引の流れ」の図で、オレンジ色で塗られた「重要事項説明」と「売買契約締結」で、宅建業者は書面を交付する必要があります。IT重説実施マニュアルでは、重説の書面交付はIT重説を行う前に買主の手元に必要部数(取引関係者数によって2~4部)を届けることが定められています。
宅建業者は、IT重説を行う日時を決めたら、その5日ぐらい前には重説書面を作成、宅建士が記名押印し、そのほかの関係書類も同封して、買主に郵送します。買主はIT重説が終了したあとに、重説の書面に記名押印して宅建業者に返送します。
「重説の書面作成は労力がかかる作業で、重説を行う日の直前まで時間がかかることがよくあります。IT重説を行う5日ぐらい前までに書面作成を終えるのは、宅建業者にとって対応が難しい場合もあります」(ミライアス・山本氏)
この書面交付作業が大変なので、IT重説に対応してこなかった宅建業者も多かったと言われています。しかし、電子書面の交付が可能になれば、IT重説を行う当日に電子書面を送付すれば済むようになるので、大幅に効率化が図られるでしょう。
国交省では、電子書面交付の社会実験を、2019年10月から賃貸取引で始めていますが、同時に紙の書面交付も行わなければならないので、参加企業も約100社にとどまっていました。2021年3月からは、売買取引での社会実験も始まったばかりです。
国交省の不動産・建設経済局不動産業課担当者は、「デジタル改革関連法成立の見通しが立ってきたので、今のうちから電子書面を交付するための準備を進めておこうと考えている宅建業者が増えていくでしょう」と話します。
電子署名サービスの活用で非対面取引が進む
不動産売買の非対面取引は、分譲マンションや投資物件など、売主が宅建業者の売買取引からすでに広がってきています。取引関係者が、売主の宅建業者と買主だけで、ほかに同意を取らなければならない関係者が少ないので導入しやすいからでしょう。
売買契約は、2001年に制定された電子署名法に基づいてオンラインで完結でき、電子署名サービスは、弁護士ドットコムが運営する「クラウドサイン」や、米ドキュサインの「ドキュサイン・アグリーメント・クラウド」などが利用されています。
書面で不動産取引の契約を行う場合、契約額5000万円以下で1万円(軽減税率)、1億円以下で3万円(軽減税率)の印紙税がかかりますが、電子契約では印紙税が不要になるメリットがあります。
宅建業法第37条では、宅建業者が売買契約書とは別に契約内容記載書面(37条書面)を作成して、契約締結後に交付することが義務付けられています。
現時点では電子契約のあとに、宅建業者は37条書面を作成して買主に郵送しなければなりませんが、売買契約書やそれに付随する書類は、電子書面での保存がすでに認められています。
弁護士ドットコムによると、電子署名サービス「クラウドサイン」は、宅建業者が利用契約(月額固定費1万円、1契約当たり送信費用200円)を結べば、宅建業者から電子書面を送付される買主や売主もサービスを利用できます。
宅建業者が、売買契約の電子書面を作成し、電子署名を付けて買主にメールで送付。買主は電子書面を開き、記名押印の場所にある「合意」ボタンをクリックすると、売買契約に買主が同意したことを証明する電子署名とタイムスタンプが付加されます。このコピーを宅建業者にメールで返送すれば契約完了です。
野村不動産やGAテクノロジーズが非対面取引の導入を進める
新築分譲マンションでは、野村不動産が「プラウド」シリーズなどの販売で、クラウドサインを利用して非対面取引の導入準備を進めています。すでに契約時に取り交わす覚書の電子書面化を実施しており、2021年6月から契約書類の電子化も導入する予定です。
新築分譲マンションの契約時には、重説と売買契約書のほかに、顧客ごとの要望に応じてさまざまな覚書を取り交わすことがあります。これらの書面も、双方が記名押印して保管しています。
「これらの書面は場合によって十数枚になることもあるので、電子書面化して保管できれば、買主にも宅建業者にも大きなメリットになります」(野村不動産広報)
「RENOSY(リノシー)」ブランドで投資用不動産を販売しているGAテクノロジーズでも、非対面取引を実施しています。同社の不動産物件検索サイトや内見などで中古マンションなどの投資物件を買主が決めると、WEBで購入申し込みを行い、契約日を確定させます。
契約当日は、まずIT重説を行い、「ドキュサイン」の電子契約サービスを使って売買契約を結ぶ時に、クレジットカードのネット決済で手付金を支払います。住宅ローン契約のオンライン化に対応した銀行も増えているので、重説から住宅ローン契約まではワンストップで手続きが可能です。
不動産取引のオンライン化に残された課題とは
今後、不動産取引のオンライン化を進めるうえで、いくつか課題が残されています。例えば、「オンライン取引を活用した標準的手続きフローがどのように確立していくか」「不動産登記手続きのオンライン化をどのように進めるか」などです。
オンライン取引を活用した標準的手続きフローがどのように確立していくか
買主が住宅ローンを利用して中古マンションを購入する場合、住宅ローンを融資する金融機関の営業時間内に、買主、売主、宅建士、住宅ローン担当者、不動産登記を行う司法書士などの関係者が対面で集まる必要がありました。
「平日の昼間に時間をつくるのが大変」といった理由などで、売買契約日の当日に重説を行い、すぐに契約ということが当たり前のように行われてきました。
不動産売買契約では、売主が宅建業者、買主が宅建業者ではない一般顧客の場合、購入申し込みや契約締結が、買主にとって冷静な判断が難しいと思われる場所で行われた時には、クーリングオフ(契約解除)が認められています。
しかし、こうしたケースはかなり限定されるので、原則として不動産売買ではクーリングオフ制度は適用されません。代金支払い前であれば売買契約締結後の契約解除も可能ですが、手付金放棄など手続きは大変です。
本来なら重説と売買契約締結の間をクーリングオフに倣って1週間ほど空けて、冷静に判断できるほうがトラブルを未然に防止できるはずです。
オンライン取引なら重説を行う日と売買契約締結を行う日を分けて設定しやすくなりますし、第三者に立ち会ってもらうなどの柔軟な対応も取りやすくなります。
2020年6月に成立した「賃貸住宅の管理業務等の適正化に関する法律(賃貸住宅管理業法)」では、サブリース業者の規制を強化するために重説が義務化されましたが、国交省では、ガイドラインで重説から契約締結の期間をクーリングオフと同じ考え方で1週間ほど空けることを推奨しています。
「実際の売買取引では、重説と契約締結の間を空けると、その間に有利な条件を提示する購入希望者が出てきた場合に、売主が取引をやめてしまうことがあります。契約前なので取引を中止しても問題はないのですが、買主が裁判を起こすこともあります」(ミライアス・山本氏)
こうした問題が解決されない限り、不動産取引のオンライン化が普及しても重説と契約締結を同時に行うという商慣習はなかなか改善されないでしょう。
また、国交省の定めるIT重説実施マニュアルでは、IT重説を実施するには取引関係者の同意が必要と書かれており、現時点ではIT重説を自由に選択できるわけではありません。
売主の中には、重説の段階から同席したいという人もいるので、その同意が必要です。そのため、ITが苦手な高齢者が売主である場合など、結局は従来通りに対面取引となる可能性が高いと思われます。
政府が進めるデジタル改革では、社会全体の生産性向上を図ることを目的としています。しかし、現状では、買主、売主、宅建業者などの取引関係者の中に、オンライン取引に対応できない人がいれば、従来通りの対面取引にならざるを得ません。
今後、オンライン取引の普及を図るためには、デジタル時代に対応した不動産取引のあり方を考える必要があります。
不動産登記手続きのオンライン化をどのように進めるか
最後に残る課題は不動産登記のオンライン化です。すでに2005年から不動産登記のオンライン申請は可能となっており、司法書士と法務局の間では日本司法書士会連合会の電子認証サービスを利用して広く普及しているのですが、「登記申請に添付する書類が紙のままなので、現状では紙の手続きが残っています」(日司連副会長・里村美喜夫氏)という状況です。
最大のネックは、不動産登記申請を行う買主の公的個人認証サービスが必須となっていることです。政府の「脱ハンコ」政策でも、印鑑登録証明書の添付が必要となる83の行政手続きは対象外となっており、ハンコの代わりに公的個人認証サービスの利用が求められます。
公的個人認証サービスを利用するには、2005年当時であれば住民基本台帳カード、現在はマイナンバーカードを保有する必要があります。これまで全く普及していませんでしたが、今回のコロナ禍でマイナンバーカードを保有する人が一気に増えました。
2021年4月1日現在で人口に対する交付枚数率は28.3%で、不動産を購入する30代以上では3割を超えています。弁護士ドットコムでも「クラウドサインと公的個人認証サービスとの連携を進めたい」(弁護士ドットコム取締役 クラウドサイン事業本部長・橘大地氏)として準備を進めています。
不動産登記のオンライン申請では、登記申請の原因となった不動産売買契約書などの登記原因証明情報を添付する必要があります。売買契約の電子書面に公的個人認証サービスを連携できれば、こうした問題も解決できます。
今後は不動産登記を含めて、不動産売買のオンライン取引を利用しやすい業務フローが構築されれば、オンラインでの不動産取引が広く利用されるようになるでしょう。
【関連記事はこちら】>>コロナ禍で「物件の内見」や「重要事項説明」もオンライン化!? 「非対面」で不動産取引をするときの注意点を解説!
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