賃貸アパートや賃貸マンション、貸家、貸駐車場といった賃貸不動産を相続する場合、相続における手続きなどは自宅(親の家)と基本的に同じですが、相続におけるさまざまな注意点を知らなければ損をする可能性があります。今回は、賃貸不動産を相続する際の注意点を整理してみます。(協力・監修:税理士法人 弓家田・富山事務所 弓家田良彦)
<目次>
賃貸不動産の相続手続きなどは、自宅と基本的に同じ
相続において、相続財産の多くを占めるのが土地、建物などの不動産です。その中には、自宅(親の家)のほかに、貸地や駐車場、賃貸アパートや賃貸マンションといった賃貸不動産も含まれることがあります。
自宅(親の家)と他人に貸している賃貸不動産で、遺産分割協議や相続登記、相続税の申告などの手続きに違いはありません。
また、相続税の計算においては、土地については相続税路線価などに基づいて評価され、建物は固定資産税評価額をそのまま用いるといったところも同じです。
なお、土地にかかる相続税の計算で大きなメリットがある「小規模宅地等の特例」についても、自宅(親の家)の敷地(特定居住用宅地等)だけでなく、賃貸アパートや賃貸マンションなどの敷地(貸付事業用宅地等)についても、一定の面積までは大幅な軽減措置が受けられます。
【関連記事はこちら】>>「小規模宅地等の特例」で“家なき子”の適用条件が厳格化! 持ち家のリースバックは対象外になる!?
賃貸不動産を相続する際の注意点と確認事項
賃貸不動産と自宅(親の家)の相続手続きは同じとはいえ、賃貸不動産の相続にあたっては、特有の注意点がいくつかあります。
例えば、前記の「小規模宅地等の特例」における「貸付事業用宅地等」と認められるには、現在、相続開始前3年以内に貸付事業の用に供されたものでないこと(事業的規模である場合は除く)という縛りがあります。
相続の直前になり、慌ててアパートを建てたり、賃貸マンションを購入したりしても、「小規模宅地等の特例」は適用されないのです。
そのほか、賃貸不動産の相続にあたって確認しておくべき事項には、以下のようなものがあります。
- ・ローン残高の有無を確認する
- ・賃貸借契約の内容を確認する
- ・敷金の扱いについて確認する
それぞれの注意点について、解説していきましょう。
ローン残高の有無を確認する
第一に、賃貸不動産の建築や購入などにあたって金融機関から借りたアパートローンが残っていないかどうかです。
住宅ローンの場合は、団体信用生命保険への加入が事実上、義務付けられており、借りている人が亡くなると、残債は保険金でカバーされます。
しかし、賃貸不動産を購入するためのアパートローンは団体信用生命保険への加入は任意であるため、借りている人が亡くなると、相続人に残債が引き継がれることが一般的です。
万が一、賃貸アパートや賃貸マンションの評価額が以前と比べて大幅に下がり、ローン残債のほうが上回っているような場合、借金を引き継いだ相続人が自分の収入や資産で返済しなければならないことになってしまうのです。
こうした事態を避けるには、相続の「放棄」や「限定承認※」の手続きをとるという方法があります。
ただし、相続放棄、限定承認とも相続発生から3カ月以内に家庭裁判所に申し立てることが条件です。
また、相続放棄は相続人がそれぞれ単独でできますが、限定承認は相続人が全員で申し立てなければならず、相続発生から3カ月を過ぎると自動的に「単純承認※」となるので注意が必要です。
※「限定承認」とは、被相続人のプラスの財産(資産)の範囲内で、マイナスの財産(負債)を相続すること
※「単純承認」とは、故人の相続財産を無条件で全て相続すること
賃貸借契約の内容を確認する
第二に、賃貸不動産それぞれの賃貸借契約の種類、賃料や契約期間を確認することも重要です。
賃貸借契約における賃貸人(通常は賃貸不動産の所有者)が亡くなった場合、賃貸人たる法的地位が相続人に引き継がれ、相続人は賃貸借契約の内容に拘束されます。
賃貸アパートや賃貸マンションなど居住用、あるいは店舗や事務所など事業用の賃貸不動産の場合、その賃貸借契約には借地借家法が適用され、民法よりも賃借人側が大幅に保護されているケース(普通借家契約)が少なくありません。
その場合、相続を機に賃貸借契約を途中解約し、賃借人に出て行ってもらうといったことはまず不可能です。契約期間が満了しても、貸主による更新拒絶・解約には正当事由が必要とされています。
一方、賃貸借契約が「定期借家契約」であれば、契約期限が到来すれば賃借人に明け渡しを求めることができ、賃貸不動産の扱いについて幅広いフリーハンドを得ることができます。
敷金の扱いについて確認する
第三に、「敷金」の扱いです。「敷金」とは、「賃料債務その他の賃貸借に基づいて生ずる賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務を担保する目的で、賃借人が賃貸人に交付する金銭」(民法622条の2第1項)とされます。
「権利金」「保証金」などさまざまな名称が使われることがありますが、いずれにしろ敷金にあたる金銭は相続後、賃貸借契約が終了した際、賃料の未払い分などを差し引いて、相続人(新しい賃貸人)が賃借人に返還しなければならないのが基本です。
賃貸アパートや賃貸マンションでは1件当たりの金額はさほど大きくはないでしょうが、店舗や事務所の場合は数百万円に上ることもあります。
「敷金」をいくら預かっているのか確認しておかないと、相続発生時に慌てることになりかねません。
相続発生後、遺産分割前の賃料はどうなる?
相続人が複数いる場合、相続が発生した後、賃貸不動産についてもほかの相続財産と同じように、有効な遺言がなければ相続人の話し合い(遺産分割協議)で、誰が何を相続するかを決めます。
そして、賃貸不動産を相続する人が確定した時点(遺産分割終了時点)から、その相続人が賃料を受け取ることになります。
それでは、相続が開始した時点から遺産分割が終わるまでの間の賃料はどうなるのでしょうか。この点については最高裁の判例(最判平成17年9月8日)があり、要旨は次の通りです。
遺産は、相続人が数人あるときは、相続開始から遺産分割までの間、共同相続人の共有に属するものであるから、この間に遺産である賃貸不動産を使用管理した結果生ずる金銭債権たる賃料債権は、遺産とは別個の財産というべきであって、各共同相続人がその相続分に応じて分割単独債権として確定的に取得するものと解するのが相当である。遺産分割は、相続開始の時にさかのぼってその効力を生ずるものであるが、各共同相続人がその相続分に応じて分割単独債権として確定的に取得した上記賃料債権の帰属は、後にされた遺産分割の影響を受けないものというべきである。
引用元:裁判所「https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/401/052401_hanrei.pdf」
つまり、相続の開始から遺産分割までの間に生じた賃料は、遺産には含まれず、相続人がそれぞれの相続分に応じてもらえる、というのです。
ただし、賃借人にすぐ「賃料を分割して自分の分を払ってくれ」と請求できるわけではありません。
賃借人は、賃貸人が代わったという通知がなければ以前と同じ口座に振り込んだり、複数いる相続人のうちの一人にまとめて賃料を支払ったり、あるいは供託という手続きを取ればよいとされます。
逆に、相続人において相続開始から遺産分割協議が成立するまでの間に、相続人のうち一人がまとめて賃料を受け取っていたような場合、ほかの相続人は遺産分割協議とは別に、自らの取得分をその相続人に請求できます。もし支払ってもらえなければ、遺産分割をめぐる調停や審判とは別に、不当利得返還請求等の訴訟を別途、行う必要が出てきます。
賃貸不動産をめぐる遺産分割協議が長引いたような場合、賃料の扱いには注意が必要です。
老朽化した賃貸不動産の売却はハードルが高い
相続した賃貸不動産が老朽化して空室が多い場合や、建て直そうとしても立地条件から活用が難しい場合、あるいは共有を避けようと考える場合などは、売却という選択肢が有力になるでしょう。
ただ、相続した賃貸不動産の売却にも、いくつか注意点があります。
そもそも、相続した賃貸不動産の売却には、「建物と土地をそのままセットで売却する方法」と「建物を解体して更地で売却する方法」があります。
「建物と土地をそのままセットで売却する方法」の注意点
賃借人がいる賃貸不動産をそのままで売却することを「オーナーチェンジ」と言います。その場合、買主は投資の観点から、年間の利益を期待利回りで割った「収益還元価格」で価格を判断するのが一般的です。そのため、老朽化して空室が多いような賃貸不動産は、どうしても不利になります。
「建物を解体して更地で売却する方法」の注意点
一方、建物を解体して土地のみを売却する場合は、賃借人の立ち退きが必要です。ところが、一般的な賃貸契約では賃借人の権利が強く、立ち退きを拒絶されたり、まとまった立ち退き料がかかったり、立ち退き交渉に数年単位の時間がかかることもあります。
どちらの方法で売却するかを検討し、早い段階から準備を始めることが望ましいと言えます。
老朽化しているなど条件の悪い賃貸不動産の売却は、自宅(親の家)よりはるかにハードルが高いのです。
賃貸不動産を生前贈与する際の注意点
賃貸アパートや賃貸マンションといった賃貸不動産は、相続してからいろいろ問題が発覚しても打つ手が限られるため、結局、安く処分せざるをえなくなることもあります。
それを避けるためには、相続発生前から準備しておくことが大切です。そのひとつが、賃貸不動産の生前贈与です。
賃貸アパートや賃貸マンションでは、次のようなやり方がよく行われます。
賃借人がいるアパートや賃貸マンションの建物のみ、親が子に生前贈与し、その敷地については子が親から無償で借りるのです。
こうすると、贈与後は賃貸アパートや賃貸マンションの賃料は子のものになり、将来の相続財産(そして相続税)が増えることを避けられます。
注意点は、このように生前贈与した賃貸不動産について相続が発生した場合、建物はすでに被相続人の所有ではなくなっているので、相続税の対象外となります。
一方、土地については相続税の対象となり、通常は「自用地」として評価されます。土地、建物とも被相続人の所有であれば、土地は「貸家建付地」として評価が下がるのですが、生前贈与のあと、入居者が入れ替わった時点で「自用地」になります。
「負担付贈与」の注意点
賃貸不動産の生前贈与では、アパートローンとセットにした「負担付贈与」にも注意が必要です。
負担付贈与とは、受贈者に一定の債務を負わせることを条件に行う財産の贈与です。賃貸アパートや賃貸マンションなどを子に生前贈与する際、親が借りているローンを一緒に負担させる場合は負担付贈与になります。
そして、負担付贈与を受けたときの贈与税の計算では、贈与財産の「評価額」から債務(ローン)を差し引いた額に対して贈与税がかかります。
この「評価額」について、通常の贈与では建物の固定資産税評価額になるのですが、平成元年に出された国税庁の通達により、負担付贈与の場合は、通常の取引価額(売買価格)のこととされます。
通常の取引価額は、固定資産税評価額より大幅に高くなり、贈与税も増えます。さらに負担付贈与では、贈与者に譲渡所得が発生した場合は税金がかかります。負担付贈与では、受贈者に債務を負担してもらうため、贈与者はその分の利益を受けたことと同じという考え方になるからです。
こうしたことから、ローンが残っている賃貸不動産については、ローンを完済した上で生前贈与するなど、なんらかの対応が必要です。
参考:国税庁「負担付贈与又は対価を伴う取引により取得した土地等及び家屋等に係る評価並びに相続税法第7条及び第9条の規定の適用について」
負担付贈与では敷金にも注意が必要
さらに、賃貸不動産の負担付贈与においては、「敷金」にも注意が必要です。
敷金は賃貸アパートや賃貸マンションの賃貸借契約が終了した後、賃借人に返還しなければなりません。生前贈与を行うと、この資金返済の義務を受贈者が引き継ぎます。結果的に、敷金を預かっている賃貸不動産をそのまま生前贈与すると、「負担付贈与」になってしまうのです。
これを避けるには、敷金と同額の現金も一緒に贈与して、差し引きゼロとすると、負担付贈与にはあたらないという、国税庁の見解が示されています。
参考:国税庁「賃貸アパートの贈与に係る負担付贈与通達の適用関係」
賃貸不動産の相続や生前贈与にはこのように、細かいながらも重要なポイントがいくつかあるので、専門家に相談しながら慎重に対応することが欠かせません。
【関連記事はこちら】>>「相続」で必要な書類、手続きのスケジュールを解説! 不動産を相続するときの基礎知識(1)
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