かねて指摘されてきた所有者不明土地問題への対応策として、「相続不動産の登記義務化」などに関連する法律が2021年4月に国会で成立しました。相続不動産の登記義務化については、2024年から施行される予定です。これによって何がどう変わるのか、ポイントや注意点をまとめてみました。(協力・監修:税理士法人 弓家田・富山事務所 弓家田良彦氏 取材協力:司法書士法人NCP 井上 真之氏)
<目次>
相続不動産の登記義務化の経緯とは
近年、所有者不明土地の増加が全国的な問題になっています。
「所有者不明土地」とは、不動産登記簿を見ても所有者がすぐには分からない土地、あるいは所有者が分かっても所在が不明で連絡がつかない土地のことです。
国土交通省の調査では、登記された土地のうち約2割が所有者不明であり、その原因の3分の2が相続登記の未了、残り3分の1が住所変更登記の未了とされています。
また、こうした所有者不明土地の総面積は、すでに九州の広さを超えるという推計もあります。こうしたことを踏まえて、国では今回、民法や不動産登記法などを改正し、相続不動産の登記や住所変更の登記を義務化するとともに、相続した土地を手放せる制度を新たに設けたりすることにしたのです。
経緯としては、2019年(平成31年)、法務省に設けられた審議会の部会で議論が始まり、2021年2月に要綱案がまとまりました。
そして、閣議決定を経て、同年4月に「民法等一部改正法※1」と「相続土地国庫帰属法※2」が参議院本会議で全会一致で可決、成立しました。
※1:正式には「民法等の一部を改正する法律」
※2:正式には「相続等により取得した土地所有権の国庫への帰属に関する法律」
施行は原則として公布(2021年4月28日)から2年以内ですが、相続不動産の登記関係については3年以内とされており、2024年からになる見込みです。今回の法改正の概要を下表にまとめました。
今回の法改正の概要 |
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項目 | 主な見直し | 施行日 | |
登記がされるようにするための不動産登記制度の見直し | ・相続した不動産の相続登記の申請義務化 ・住所等の変更登記の申請義務化 ・相続登記等の手続きの簡素化、合理化 など |
公布(2021年4月28日)後2年内の政令で定める日 ※ただし、相続登記義務化関係の改正は公布後3年以内、住所等変更登記義務化関係の改正については公布後5年以内の政令で定める日(政令は未制定) |
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土地を手放すための制度(相続土地国庫帰属制度)の創設 | 相続等により土地の所有権を取得した者が、法務大臣の承認を受けてその土地の所有権を国庫に帰属させることができる | ||
土地の利用に関連する民法の規律の見直し | ・所有者不明土地管理制度等の創設 ・所有者が不明な場合の共有地の利用の円滑化 ・長期間経過後の遺産分割の見直し など |
参考資料:法務省民事局「所有者不明土地の解消に向けた民事基本法制の見直し」【民法等一部改正法・相続土地国庫帰属法の概要】
相続不動産の登記義務化で変わる3つのポイント
今回の法律改正で最も注目されているのが、相続不動産の登記義務化です。その具体的なポイントは次の3つです。
①被相続人が亡くなった際、相続した不動産の登記が義務化される
②すでに相続が発生しているケースについても、相続した不動産の登記が義務化される
③「相続人申告登記」と呼ばれる制度が新設される
それぞれ解説していきます。
①被相続人が亡くなった際、相続した不動産の登記が義務化される
第一に、被相続人が亡くなった際、相続した不動産の登記が義務付けられます。
具体的には、「自己のために相続の開始があったことを知り、かつ、当該所有権を取得したことを知った日から3年以内」に相続登記(名義変更)をしないと10万円以下の過料の対象となります。
一般的に、相続が発生すると相続人間で協議(遺産分割協議)を行い、特定の相続人が特定の不動産を相続することが多いでしょう。その場合、名義変更は相続発生から3年以内に行えばよいと考えられます。
なお、住民基本台帳ネットワークシステムにより、法務局が登記簿上の所有者が死亡していることを把握した場合、法務局の判断で所有者が死亡していることを登記簿に記録することができるようになります。
ただし、死亡情報のみを記録するだけで、相続人の相続登記の義務は免れることはできません。
②すでに相続が発生しているケースについても、相続した不動産の登記が義務化される
第二に、すでに相続が発生しているケースについても、相続した不動産の登記が義務付けられます。
これまで、相続した不動産の登記は任意でした。しかし、今回の改正が施行された後は、過去のケースについてもさかのぼって適用され、相続登記をしないままにしていると10万円以下の過料の対象となります。
過料の対象となる時期は以下(1)(2)のいずれか、遅い日から3年以内です。
(1)自己のために相続の開始があったことを知り、かつ、当該所有権を取得したことを知った日
(2)改正法の施行日
実際には(2)に当てはまるケースがほとんどなので、2024年から3年以内ということになるでしょう。
③「相続人申告登記」と呼ばれる制度が新設される
第三に、「相続人申告登記」と呼ばれる新しい制度が設けられます。
遺産分割がまとまらず速やかに相続登記をできない場合には、上記の「3年以内」という期限内に相続人であることを申告すれば、相続登記をする義務を免れることができるというものです。
相続人申告登記は、それぞれの相続人が単独で行うことができ、申告にあたって必要な添付書類も通常の相続登記よりかなり簡略化されます。
法務局では、登記簿に申告をした者の氏名・住所などを記録しますが、相続登記そのものではなく、あくまで「登記簿上の所有者」が亡くなったことを示しているにすぎません。
相続人申告登記を行ったあと、遺産分割協議が成立し、不動産を相続する相続人が決まったら、遺産分割協議の日から3年以内にその登記を行う必要があります。
そのほか今回の法改正で行われる2つの見直し
なお、相続不動産の登記義務化とは別ですが、今回の法改正では所有者不明土地の発生を予防するため、次のような見直しも行われます。
住所などの変更登記の義務化
ひとつは、住所などの変更登記の義務化です。個人、法人を問わず、所有者の氏名、住所などについて変更があったときは、その変更があった日から2年以内に、氏名や名称、住所についての変更登記を申請しなければなりません。
これに違反すると5万円以下の過料の対象となります。なお、法務局が住民基本台帳ネットワークシステムや商業・法人登記のシステムから所有者の氏名、住所についての変更情報を把握したときは、変更登記を職権で行うこともできるようになります(所有者が個人の場合には、個人への意向確認と承諾が必要)。
遺産分割協議の期限の新設
もうひとつは、遺産分割協議の期限の新設です。従来、遺産分割協議には特に期限はありませんでした。
それに対し、2026年(予定)以降は、遺産分割協議は相続開始から10年までに制限されます。
つまり、相続発生から10年が経過すると法定相続分での相続が確定し、確定した法定相続分に従って分割請求が可能になります。
ただし、実際にどのように分割するか、具体的な方法はケースによって異なると思われます。そのため、この見直しは期限を設けることで遺産分割の話し合いを促す効果を期待するものとされます。
相続した土地の所有権が放棄できるようになる?
相続不動産の登記義務化と並んで、今回の改正で注目を集めているのが、相続した土地の所有権の放棄が可能になることです。
「放棄」といっても民法上の「相続放棄」とは異なり、一定の条件を満たすことを前提に、相続した土地の所有権を国庫に帰属させることができるというものです。
そのため、法律の名称も「相続土地国庫帰属法(相続等により取得した土地所有権の国庫への帰属に関する法律)」と言います。
法律の条文を見ると、対象となる土地の条件はかなりハードルが高い印象です。概略を確認しておきましょう。
参考資料:相続土地国庫帰属法条文
所有権放棄の利用見込みはわずか0.95%
第一に、次のいずれかに該当する土地は、そもそも申請の対象になりません。
① 建物がある土地
② 抵当権や賃借権、地上権などが設定されている土地
③ 通路が設定されている土地
④ 土壌汚染のある土地
⑤ 境界が不明であったり所有権などを巡って争いがあったりする土地
第二に、申請後、法務局による実地調査が行われ、次のいずれにも該当しない土地と確認されないと承認されません。
① 勾配や高さが一定以上の崖がある土地
② 通常の管理や処分に障害となる工作物や樹木などがある土地
③ 除去が必要な埋設物がある土地
④ 隣接する土地所有者と争訟によらないと通常の管理や処分ができない土地
⑤ その他、通常の管理や処分に過分の費用や労力が必要な土地
第三に、負担金を納付することが必要です。
「負担金」とは、現状の国有地の標準的な管理費用の10年分に相当する金額とされ、たとえば原野であれば約20万円、市街地の宅地(200㎡)では約80万円程度といわれます。
この負担金を、金額の通知があってから30日以内に納めることで、はじめて相続した土地が国庫に帰属することになります。
以上のようなさまざまなハードルがあることから、国の試算でも利用の見込み率(参考値)はわずか0.95%とされます。
条件を緩和しすぎれば、不要な土地を国に押し付けるようなケースも出てくるでしょう。
いずれ見直しがされる可能性もありますが、スタート時点ではそう簡単に利用できる制度ではないようです。
相続不動産の登記義務化に向けて、いまから行っておくべき対策とは?
相続不動産の登記義務化は2024年からの予定ですが、その前に行っておくべきことは何でしょうか。
そもそも、自分や親が所有している土地の権利関係が明確になっており、登記内容が現状と合致していることが重要です。
たとえば、隣地などとの境界が不明であったり、登記簿上の面積と実測面積が異なるような場合、そうした状況をなるべく早く解消しておくべきでしょう。
いざ、相続が発生してからではさまざまな手続きなどもあり、余計な時間や労力がかかってしまいます。あるいは、相続が発生したものの相続登記を行わず、所有者の名義が先代や先々代のままになっている場合、これまでは特にペナルティーなどはありませんでしたが、2024年から3年以内には10万円以下の過料の対象となる可能性があります。
この点について、司法書士法人NCPの井上真之氏(代表社員)は次のように指摘します。
「すでに相続登記が未了の不動産は全国に多数存在しており、特に地方では常態化しています。確かに制度上では、3年以内に過料が適用されることになるでしょうが、全てを網羅するのは初期段階では無理です。何らかの形で柔軟な対応策も用意されるのではないかとみています」
とはいえ、何代にもわたって不動産の相続登記が行われていない土地は、子や孫にとって迷惑以外の何物でもありません。可能な限り、早めに正常化しておいたほうがよいのは論をまちません。
また、地方にある親の家や農地、山林などについては、所有権の放棄(国庫への帰属)という選択肢もできましたが、そのハードルは高く、何らかの利用法や別の処分法を早めに検討しておくべきでしょう。
まとめ
今回の法律改正ではほかにも、所有者が不明だったり、管理が不全だったり、共有者の一部が行方不明だったりする土地・建物の管理や処分をしやすくする仕組みなどが導入される予定です。
今後の土地の利用や権利関係の整理に大きな影響を及ぼすものであり、その内容をよく理解しておきたいものです。
【関連記事はこちら】>>「相続」で必要な書類、手続きのスケジュールを解説! 不動産を相続するときの基礎知識(1)
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