新築マンションの不都合な真実とは?『正直不動産』原案・夏原武とさくら事務所の長嶋修のセミナーをレポート(前編)

2022年7月16日公開(2024年2月6日更新)
千葉利宏:ジャーナリスト

新築マンションに潜む「不都合な真実」とは? 価格の高騰や管理費の値上げなど、新築マンションには様々な問題がある。今回、不動産業のリアルな現実を描いて好評を得ている漫画、『正直不動産』の原案を担当する夏原武氏、さくら事務所会長・不動産コンサルタントの長嶋修氏、同社長の大西倫加氏、らくだ不動産の山本直彌氏の4人によるセミナーが開催されたので紹介する。
※ホームインスペクション(住宅診断)などの消費者向けサービスを提供しているさくら事務所が、マンションの資産性を分析し、マンション購入のサポートを行う新サービス「FACTORS4―マンション資産性レポート」の提供を開始したのにともなうセミナー。

【メンバー】
大西 倫加(司会)
 さくら事務所 代表取締役社長
夏原 武
 漫画『正直不動産』原案
長嶋 修
 さくら事務所創業者・会長の不動産コンサルタント。『正直不動産』原作・ドラマ共に一部監修
山本 直彌
 らくだ不動産・エージェント兼さくら事務所・マンション管理コンサルタント

バブル状態といわれるマンション市場、今後はどうなる?

さくら事務所オンライン記者発表メンバー
オンラインで開催されたセミナーの様子(左から、長嶋氏、夏原氏、大西氏、山本氏)

大西:最近のマンション市場はどのような状況でしょうか?

長嶋:不動産経済研究所の調査によると、新築マンションは足元、発売戸数が大幅に減少し、価格も数カ月連続マイナスです。こうしたニュースを見ると、市場の調子が悪いように見えますが、新築マンションの供給戸数が減る・減らないと、売れ行きが良い・悪いとは全く関係ありません。

 最近は、圧倒的に大手寡占状態になっていて、市況を見ながら供給調整が行われています。ポイントは契約率で、70%が好不調を占うラインなのですが、70%を上回っているので調子は悪くない。発売価格が下がったといっても、前年同期に比べて高い状況です。

 新築マンションは、20年前は首都圏だけで年間9万戸建てられていましたが、現在は3分の1の、3万戸です。最近では、大規模、タワー、駅前、駅近の高額物件しか売れないので、供給が絞られているわけです。こうした物件を買えない人たちが中古市場に流れて、2013年ぐらいから中古マンション市場は好調が続いています。

大西:この先はどうなると予想していますか?

長嶋:日本全体としては需要が減る一方です。1991年にバブルが崩壊して30年間、日本の地価総額は2000兆円から現在は1000兆円と半分になり、この構図は今後も続くでしょう。今の不動産市場はバブル状態だと一部ではいわれていますが、大規模、タワー、駅前、駅近の上位の15%の価格が極端に上がっているのでバブルのように見えますが、91年以前の不動産バブルとか、2008年のリーマンショック前のプチバブルとは全然違う状況です。

大西:新築マンション価格は「バブル超え」といわれていますが…。

長嶋:「天城越え」じゃないんだから(笑)。これからも全体は沈む一方だけど、強いところだけがめっぽう強いという状況が、当面は続くと思いますね。
※1986年に発売された演歌歌手、石川さゆりの大ヒット曲。

大西:それは中古マンション市場にも影響しますか?

長嶋:新築の供給が少ないから、中古を選択している消費者も多いでしょう。日本のマンションの歴史はまだ50年ぐらいですが、ある程度、築年数が経過した中古マンションが売りに出てきました。「築40年・50年のマンションを買っても大丈夫なのか?」という素朴な疑問を持つ消費者にとって「正直不動産」に出会うか、出会わないかは大きな問題でしょうね。

『正直不動産』の永瀬なら、新築マンションをどう売る?

マンガ正直不動産14表紙
人気連載中の『正直不動産』は、現在14巻まで発売されている。
©️大谷アキラ・夏原武・水野光博 / 小学館「ビッグコミック」連載中

大西:『正直不動産』では、中古マンションを扱っていますが、もし、主人公の不動産営業マン、永瀬財地さんに新築マンションを売らせるとしたら、夏原先生はそのような「不都合な真実」を描きますか?

夏原:基本的には新築の部屋の値段は、買った人にしか分からないことになっていますよね。本当のことを言ってはいけない。でも、永瀬は聞かれたら答えちゃうんじゃないかな。

 マンションデベロッパー(開発業者)のやり方は、「この値段を教えるのはあなただけです。他には絶対に言わないでくださいね」なので、永瀬のスタイルとはちょっとズレがある。

 こうしたやり方は、業界のルールでしょうから、さすがに破るわけにはいかない。でも、何となく、一覧表の中に書いた値段を、永瀬はポロッと出しちゃうかもしれない。業界としては、永瀬に新築マンションを売らせるのはなかなか大変でしょうね。

 新築マンションでは、何階に部屋があるかで値段が大きく変わることを、消費者も分かっていますよね。でも、40階建てのタワマンで、37階と38階のどっちが良いかは、素人には分からない。低層階用と高層階用のエレベーターで、どちらのほうが利便性は良いのかといった説明も聞きません。

 永瀬なら、居住者にとって、何があったら便利なのか、高層階だから良いというわけではなく、生活スタイルによって階数を選んだほうが良いとか、そんなアドバイスをするのかなと思います。もちろん、資産価値もあるでしょうが、最上階が良いというのは、本当にそうなのかと疑問を持っている人は僕も含めて、結構いるのではないでしょうか。

大西:途中階の価格差はあまり根拠がない、よく分からない世界です。

山本:新築マンションの値段は、階層で50万円ずつ高くなるケースが多いのですが、それが中古になってもそうなのか?と言えば、そうはならない。

長嶋:要は新築のときには一度に売り出すから、50万円とか80万円の間隔で、ナゾの価格差が生じるけど、中古になると1戸ごとに売るので、住戸の上下とかの関係はなくなる。一般論ですけど、新築マンションは、低層階ほどお買い得で、上に行くほどプレミアムが付いています。

大西:価格が不透明であるほかに「黙っていてください」という話は結構ありますね。

 新築マンションを購入すると、2年間のアフターサービス保証がありますが、この期間に施工時の不具合が出てきます。消費者は、マンションを工業製品のような完成品と思っている人が多いのですが、実は手造りの未完成製品で、住んでみないと分からない不具合は多いのです。保証期間の2年間にしっかり見つけて無償で直してもらうのが大事なのですが、不具合が見つかって直す時に「他の入居者さんには黙っていてください」と言われることがよくあります

 同じマンションの人たちでつながって「こんな不具合が見つかったらしいよ」という情報が回って、「私も、私も…」と言われて、全部直すと大変じゃないですか。そのような情報は共有されたくないでしょうね。

夏原:なかなか「不正直」ですね。そういう情報を共有してくれて不具合を直したほうが住民にとってはいいはずなのに。

長嶋:黙っているほうもつらいですよね。

新築マンションの不都合な真実とは!?

大西:アフターサービスを含めて、長嶋さんが思う新築マンションの不都合な真実は他にありますか?

長嶋:基本的にモノの価格は時価ですから、新築マンションも売り出してみないと分からないところがある。全100戸を売り出してみると、ここの住戸だけものすごい人気になって、こっちは意外と人気なかった―みたいなことが往々にして起こります。とりあえず予定価格で出してみて、ここの住戸の倍率が高い場合は、ちょっと価格を上げたりする。そんなことをやるぐらいなら「オークションにすればいいのに…」と思いますね。不正直とは思いますが、その気持ちも分からないわけでもない。

大西:マーケティングみたいな感覚かな?

長嶋:様子を見ながら、一番いいところで折り合おうとするから、そうなってしまうのでしょう。

山本:入居者の多くは、専有部のアフターサービスには興味があるのですが、共用部については関心が低いし、デベロッパー側もあまり言わない。2年間の保証期間に共用部もきちんと直しておけば、そこから新たに修繕積立金の計画を組むことができて、将来的に修繕費用を減らすこともできるのですが、デベロッパーや管理業者には不都合な真実かもしれませんね。

長嶋:修繕積立金では「金額が少ないからお得ですよ」というナゾの売り文句がいまだに生きている。

夏原:あれは不思議ですね。少ないからお得と言われても、大規模修繕工事で足りなければ結局「追いゼニ」を取られるわけでしょう。

大西:そうですよ。新たに借り入れするとか、一時金を徴収するとか、後になるほど、どんどん修繕積立金を上げていくしかない。どうしても足りなければ、目で見えにくい給排水設備のような一番重要な工事を先送りする。それによって軀体の劣化が進み、住み心地も悪くなって、結果として資産価値が下がっていきます。

 新築時点の長期修繕積立金の不足は、一般的に知られる「不都合な真実」になりつつありますが、新築時点で作成された長期修繕計画そのものが、実は非常に精度が低いことはほとんど知られていません

 新築マンションの売り方は、いわゆる「青田売り」なので、長期修繕計画も建物の詳細な竣工図などに基づいて作られておらず、完成前の図面を元に計画が立てられています。販売契約の前の重要事項説明で長期修繕計画も説明しなければならないので、精度が粗い計画で説明が行われているのが実態です。

 販売契約までの短期間で慌てて作られているので、当初から計画の中に入っていなくて金額がごっそり抜けていたり、エクセルの計算式を1カ所でも間違えると全部に影響するので、驚くようなヒューマンエラーも起こります。桁を間違えて1億円ぐらい積立金の額が間違っていたケースもあります。

夏原:それは信じられない。先ほど長嶋さんがマンションの歴史は50年ぐらいと言いましたが、タワーマンションの歴史はもっと浅いじゃないですか。マンションの不都合な部分が表面化し始めると、いろいろな問題が降りかかってくるような気がして仕方ないのですが…。タワーマンションの20年後、30年後を考えている人はいるのですか?

長嶋:ちょうど今が、そのタイミングです。1990年代後半からタワーマンションが登場して量産されるようになったのは2000年代前半から。江東区東雲の「ダブルコンフォートタワーズ」(※完成:2004~2005年)が、ものすごく安く売り出されていたのを今も覚えていますよ。

大西:あれは衝撃的でしたね。

長嶋:築15年から20年で、同じような仕様、同じような大きさのタワーマンションが7000万円でいま、売りに出ているとしましょう。専門家から見ると、あっちは7000万円で適正だけど、こっちはちょっと高いのでは? というケースがあります。「何が違うのか?」が今回のセミナーのテーマで、そこのところを正直にやりたいわけです。

>>後編に続く

【協力】さくら事務所

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