相続を巡って親族どうしがいがみ合う「争族」は、お互い縁を切ってしまったり、裁判に発展したりすることもあります。その代表例が、めぼしい遺産が自宅など土地、建物だけというケースです。よくある「争族」のパターンをまとめます。(協力・監修:税理士法人 弓家田・富山事務所 弓家田良彦氏)
「争族」になりやすいのには理由がある
日本では、あらかじめ遺言を作成したり、亡くなった人(被相続人)と相続人になりそうな人の間で将来のことを相談したりするなど、相続を見越して準備を行うというのはまだまだ一般的ではありません。
そのため、相続が起こってから急に、相続人どうしが遺産をどのように分けるか話し合うことになり、お互いの思惑の違いなどからトラブルに発展したりします。
また、相続人どうしの争いは、遺産の多い少ないに関係ありません。統計ではむしろ、相続税がかかるほどではない額の遺産を巡っての裁判手続きのほうが多くなっています。
相続人同士が争う「争族」になりやすいケースには一定のパターンがあり、それぞれには理由があるのです。
代表的なものをみていきましょう。
【争族のパターン(1)】
めぼしい相続財産が「自宅」だけ
まず挙げられるのが、預貯金などがほとんどなく、相続財産が亡くなった人(被相続人)の自宅だけというケースです。自宅(不動産)は土地と建物に分けられますが、土地にしろ建物にしろ、現金と違って分割が難しい財産です。
例えば、複数いる子のうちの一人が、親の自宅の敷地(土地)に、親とお金を出し合って二世帯住宅を建て、住んでいるとしましょう。親が亡くなっても、同居していた相続人とその家族はそこに住み続けることが多いはずです。
その場合、他にめぼしい遺産がなければ、他の相続人から相続分に見合った金銭(代償金)を要求されることになりがちです。
自宅に住み続ける相続人が代償金を用意できればいいのですが、金額によってはそう簡単なことではありません。
代償金が用意できない場合、やむを得ず相続人全員の共有名義にすることも考えられます。しかし、将来、相続人の誰かが亡くなり、その子などが共有持ち分を相続すると、共有者がどんどん増えて問題が複雑になっていきます。
【関連記事はこちら】
>>相続した共有名義の土地を処分したいが、全員同意が必要なんて…。「共有権解消」の現状と今後を解説
>>「相続財産は家だけ」で遺産分割でもめた場合、自宅を売却するときとしないときで相続財産はどう変わるのか試算してみた
自宅の土地、建物と同じように分割しにくい相続財産としては、事業用に使っている不動産や中小企業の自社株などがあります。これらも、他にめぼしい財産がないと、事業や会社を引き継いだ相続人と他の相続人の間で、遺産分割の割合や代償金の支払いをどうするかで揉めやすいといえるでしょう。
【争族のパターン(2)】
特定の相続人が、多額の「贈与」を受けていた
亡くなった人(被相続人)が特定の相続人に多額の贈与を行っているケースも、遺産分割で揉めやすいケースです。
民法では、特定の相続人が亡くなった人(被相続人)から贈与を受けていた分は「特別受益」といって、遺産分割において考慮するよう規定しています。過去に多額の支援(生前贈与)を受けていた相続人がいると、他の相続人から特別受益にあたるのではないかというクレームが出てきたりします。
しかし、実際にはどのようなものが特別受益になるのか、特別受益の額はいくらだったのかの判断は簡単ではありません。
民法では特別受益とは、亡くなった人(被相続人)から相続人に対して行われた遺贈(死因贈与を含む)、婚姻もしくは養子縁組のため、あるいは生計の資本としての贈与(生前贈与)としています。
遺贈と死因贈与は無条件で特別受益となり、また相続の時点での価額は比較的明確です。これに対して生前贈与は期間の制限はなく、何十年前であろうと遡ります。ただし、生前贈与がすべて特別受益となるわけではなく、「婚姻もしくは養子縁組のため」か「生計の資本として」行われた贈与に限ります。
このうち「婚姻もしくは養子縁組のため」は比較的、分かりやすいでしょう。相続人が結婚するに当たり、家財道具や金銭などの支援を行うケースが代表的です。
分かりにくいのが「生計の資本」に当たるかどうかです。具体的には次のようなものが当たるとされます。
・住宅購入資金の援助
・被相続人の土地・建物の無償使用
・開業資金の援助
・留学費用の援助 など
実際にはプラスして、亡くなった人(被相続人)の経済的状況や社会的地位に照らして負担が大きいかどうか、特定の相続人だけが特別に遺産の前渡しを受けていたといえるかどうか、他の相続人と比較して不公平かどうか、などが問題となります。
さらに、特別受益で話がややこしいのが「持ち戻しの免除」です。
特定の相続人に対する贈与が特別受益となれば、その分は遺産分割のとき相続財産に持ち戻す(繰り入れる)ことが原則です。しかし、亡くなった人(被相続人)が生前贈与について、遺言などで持ち戻しの免除の意思を示していれば、特別受益にはなりません。
これに関連して、2019年7月1日からは、結婚して20年以上になる夫婦間での自宅の贈与については、持ち戻しの免除がなされたものと推定されることになりました。以前は、夫婦間での自宅の贈与は特別受益に当たり、残された配偶者が遺産分割で自宅を相続すると、預貯金などの金融資産を十分受け取ることができないということが起こっていました。そうした問題を解消するため、民法が改正されたのです。
【関連記事はこちら】>>「特別受益の持ち戻し免除の推定」は、妻の老後の
生活保障にメリット大! 利用時の注意点も解説
ただし、持ち戻しの免除が認められたとしても、他の相続人には遺留分の権利が残っています(兄弟姉妹が相続人の場合は遺留分の権利はなし)。遺留分を侵害された相続人は、遺留分侵害請求権を行使できるので、そこで争いになったりすることがあります。
【関連記事はこちら】>>「遺留分」が遺言によって侵害されたらどうする? 新制度「遺留分侵害額請求」について解説!
【争族のパターン(3)】
相続人の「親族」が口をはさむ
有効な遺言書がない場合、相続人の間で話し合いにより遺産を分割するのが原則です。誰が相続人になるかは民法で決まっていて、法定相続人以外は遺産の分割協議に加わることはできません。
しかし、実際には相続人の配偶者や親などが口を出してくることがあります。例えば、妻の実家で相続が発生して妻が相続人になったとき、夫が妻にアドバイスしたり口添えしたりするのです。逆のケースも同じです。相続はある意味、まとまった臨時収入という性質があり、それぞれの家計にとっては大きな影響があるからです。
あるいは、相続を経験したことのある親戚や友人・知人が口出ししてくることもあるでしょう。本人は親切心から「こうした方がいい」「もっと言わないと損する」「相続する権利は平等なんだから」などと言うのですが、それがきっかけで相続人の気持ちが変わったりします。「船頭多くして船、山に上がる」といいますが、まさにそうした状態になるのです。
【争族のパターン(4)】
相続人どうしの付き合いがなかったり、
感情的なわだかまりがある
相続人の顔ぶれによっても、トラブルに発展する可能性が高まります。
例えば、夫婦に子供や孫がいないケースです。夫婦の一方が亡くなると、配偶者と亡くなったほう(被相続人)の尊属(父母や祖父母)が相続人になります。尊属がいなければ、配偶者と亡くなったほう(被相続人)の兄弟姉妹が相続人になります。
こうした場合、相互に普段からの付き合いがあまりなかったり、なんらかの感情的なわだかまりがあったりすると、一方的に権利を主張することになりやすいのです。
同じようなことは、兄弟姉妹どうしの間でもあるでしょう。親の近くで長年暮らして面倒もみてきたほうと、実家を離れてほとんど帰省することもなかったほうでは、なかなか話し合いがスムーズにいかないものです。
他にも、前妻の子(前妻は離婚によって相続人からはずれます)と後妻が相続人になるケース、配偶者との間の子のほかに婚姻外の子がいるケースなども、むしろ相続をきっかけに感情的なしこりが表面化したりします。
話し合いがまとまらず、お互いが弁護士を立てれば、あとは裁判へ突入するのみです。
こういったケースでは、亡くなった人(被相続人)の意思と思いを遺言書で示しておくことが重要です。
【争族のパターン(5)】
遺言の内容が偏っていたり、曖昧であったりする
「争族」を回避するための方法として、遺言を残すことは確かに有効なのですが、遺言の内容によってはむしろ、争いのきっかけになることもあります。
例えば、特定の相続人だけを優遇するような遺言です。遺言では、相続分(誰がどれくらいの割合で相続するのか)や遺産分割の方法(誰がどの遺産を相続するのか)といったことを指定できます。遺言により、相続人ではない第三者に遺産を渡すこと(遺贈)ことも可能です。
しかし、相続人(兄弟姉妹を除く)には民法上、遺留分として一定割合の遺産を相続する権利が認められています。遺留分を侵害するような遺言は、むしろ相続人どうしの争いを誘発するのです。
また、遺言で相続分だけ指定している場合、相続人がそれぞれどの遺産を相続するのかは話し合いで決めるしかありません。あるいは、遺産の一部のみについて遺産分割の方法を指定している場合、他の遺産をどう分けるかはやはり相続人同士の話し合いになります。
パターン(1)で触れたように、遺産のほとんどが土地、建物などの不動産である場合、結局は共有にせざるを得なくなり、むしろ争いの種をまく結果になったりします。
遺言はあくまで手段であって、その使い方には注意が必要です。
【関連記事はこちら】>>自筆証書遺言と公正証書遺言、おすすめはどっち? 法改正による要件緩和や保管制度のメリットを検証!
関係者の間で、早いうちから準備や対策を
日本ではすでに、毎年100万件をこえる相続が発生しており、今後さらに増加することが予想されています。
しかし、これまで日本人は、相続について親族で話し合うといったことは「縁起でもない」といって避けてきた傾向がありました。もはやそんな時代ではありません。
とりわけ「争族」になりやすいケースでは、関係者の間で早いうちから準備や対策を心がけたいものです。
【関連記事はこちら】>>「相続」で必要な書類、手続きのスケジュールを解説! 不動産を相続するときの基礎知識(1)
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