「自筆証書遺言」の要件緩和と保管制度の創設(平成31年度の相続法「民法相続編」の改正)により、自筆証書遺言は便利になるのか?「遺言」の基礎知識や自筆証書遺言についての法改正が行われた背景、新制度のメリット、「公正証書遺言」との違いから比較まで、徹底的に解説する!(取材協力・監修:法律事務所アルシエン 武内優宏弁護士)
(1) 「配偶者居住権」のメリット
(2) 「特別受益の持ち戻し免除の推定」とは
(3) 「自筆証書遺言」の要件緩和と、新たな保管方法
(4) 「遺産分割前の預貯金の引き出し」の柔軟化
(5) 「相続登記における対抗要件」の変更
(6) 「遺留分」制度の見直しの影響
通常、用いられる遺言の方式は2種類
遺言は、自らが亡くなった後の法律関係についての当人の最終意思の表示であり、当人が亡くなって初めて法律上の効果が生じる。
そのため、意思内容をきちんと確定し、他人による改変や捏造を防ぐため、法律によって厳格に方式が定められている。
民法上、遺言の方式には「普通方式」と「特別方式」があり、一般的には普通方式が用いられる。さらに普通方式には、「自筆証書遺言」「公正証書遺言」「秘密証書遺言」の3種類があり、このうち通常、よく用いられるのは「自筆証書遺言」と「公正証書遺言」の2つだ。
「遺言」は通常“ゆいごん”と読まれるが、民法など法律用語としては“いごん”である。
「自筆証書遺言」はその名の通り、一定の条件にしたがって自分で作成する遺言である。いつでも、どんな紙にでも書くことができ、その内容や遺言の有無さえ他人に知られずにすむ。また、証人や費用も不要だ。
しかし、自分だけで作成すると方式に不備が生じやすく、発見されないままになったり、また内容が不十分、不正確な場合は相続人どうしのトラブルの原因になることもある。
これに対して「公正証書遺言」は、各地にある公証役場で2人以上の証人の立会のもと、公証人(公証人法により法務大臣が任命する者)に作成してもらうもので、原本は公証役場で保管される。
形式の不備などで無効になることがなく、原本が公証役場で保管されるので紛失や偽造などの心配もない。
ただし、証人は遺言の内容を知ることになるし、作成には一定の手間と費用がかかる。
年々、遺言の作成数は増加
それでは、これらの遺言が実際にどれくらい作成されているのだろうか。
「公正証書遺言」については、日本公証人連合会が毎年の作成件数を公表している。それによると、平成21年に7万8000件ほどだったものが、平成26年以降は年間 10万件を超え、平成30年には11万件ほどになっている。
一方、「自筆証書遺言」についてははっきりした数字は不明だが、家庭裁判所での遺言書の検認事件数については平成19年に1万3000件だったものが、平成28年には1万7000件を超えるまでになっている。(※「検認」については後述)
「自筆証書遺言」と「公正証書遺言」ともに年々、増えているのは間違いないだろう。
なお、実際に「自筆証書遺言」と「公正証書遺言」を作成したことのある人の割合はほぼ半々であり、下表のように年代が高くなるにつれて多くなる傾向がみられる。
それでも5~10%程度であり、遺言の作成が当たり前といわれる欧米に比べるとまだまだ低いことは否めない。
「自筆証書遺言」の目録はワープロや写しでも可
今回の民法改正では、よく使われる2つの遺言方式のうち「自筆証書遺言」について改正が行われた。
具体的には、次の2点である。
- ①自筆証書遺言の方式の緩和
- ②自筆証書遺言の保管制度の創設
まず、①から見ていこう。
①自筆証書遺言の方式の緩和
従来、「自筆証書遺言」は、遺言する人(遺言者)が遺言書の全文、日付および氏名を自書し、これに押印する必要があった。例えば、日付が抜けていたり、遺言者以外の者が代筆したり、遺言者自身であっても一部をワープロで作成した場合などは無効となる。
しかし、高齢者にとっては財産目録などを含め遺言書の全文を間違いなく自筆することはなかなか大変だ。
間違いなどは後から加除訂正できるが、遺言者がその場所を指示し、変更した旨を付記して特にこれに署名した上、さらに変更場所に押印しなければならない。
せっかく遺言をしようとしても、自筆証書遺言では難しかったり、不十分なものになったことも多かったはずだ。
そこで今回、財産目録に限り、自筆要件を緩和することになった。
財産目録をパソコンで作成したり、不動産については不動産登記事項証明書を添付したり、預金については通帳の写しを添付し、自筆で署名、捺印すればよいのである。
財産目録が紙の両面あるいは複数ページにわたる場合は、両面あるいは複数ページにそれぞれ署名・捺印する。
この改正は、2019年1月13日からすでに施行済だ。
ただし、2019年1月13日より前に作成された自筆証書遺言には適用されない。場合によっては、新たに自筆証書遺言を作成し直した方がいいケースもあるだろう。内容が矛盾する複数の遺言書があっても、日付が新しいものが有効とされる。
②自筆証書遺言の保管制度の創設
②の自筆証書遺言の保管制度は、「法務局における遺言書の保管等に関する法律」という新しい法律によって設けられるもので、2020年7月10日から施行される。
自筆証書遺言の保管制度では、法務局が管轄する「遺言保管所」において、自筆証書遺言の原本が保管されるとともに、バックアップとして別の場所でも管理されることになっている。
従来、自筆証書遺言の執行には、家庭裁判所の「検認」という手続きを受けなければならなかった。
自筆証書遺言があっても、検認をしないとそこに書いてある内容で遺産を分割したりすることができなかった。
検認のためには全ての相続人の確定が必要であり、亡くなった人(被相続人)の戸籍を出生時にまで遡って確認するなど手間がかかり、また家庭裁判所も混んでいて、検認まで2~3ヵ月かかることもざらだ。
なお、家庭裁判所の検認の前に勝手に自筆証書遺言を開封すると、5万円の過料が課せられる。
それが今回の保管制度を利用すれば、自筆証書遺言でも検認の手続きが不要になる。遺言の執行がスピーディーかつスムーズに進む可能性がある。
保管制度のもうひとつのメリットは、紛失や焼失、偽造などのリスクをなくすことだ。
従来、自筆証書遺言は紛失するケースが意外に多いといわれる。東日本大震災のような大災害の際にも、多くの自筆証書遺言が失われたと推測されている。自筆証書遺言は原本しかなく、失われれば内容を確認するすべはなく、最初からなかったのと同じだ。
それに対し、今回新たに設けられる保管制度では、遺言者の住所地、本籍地、 あるいは遺言者が所有する不動産の所在地にある法務局の「遺言保管所」において、自筆証書遺言の原本が保管されるとともに、次のような情報が磁気ディスクなどで管理される。
- ・遺言書の画像情報
- ・遺言書に記載されている作成の年月日
- ・遺言者の氏名、生年月日、住所、本籍
- ・遺言者に受遺者がある場合には受遺者の氏名住所
- ・遺言書で遺言執行者を指定している場合は、その者の氏名、住所
- ・遺言の保管を開始した年月日
- ・遺言書が保管されている遺言書保管所の名称および保管番号
こうした情報は遺言保管所とは別の場所でもバックアップがとられており、大災害で特定の遺言保管所がダメージを受けても大丈夫といわれる。
ちなみに、「公正証書遺言」は公証役場において、公証人によって、原本、正本、謄本の3部が作成され、原本は公証役場で、正本と謄本は遺言者により保管される。
しかし、東日本大震災を受け、2014年4月からはパソコンで取り込んだ公正証書遺言を日本公証人連合会の本部で二重に保管することになっている。
遺言の情報管理は重要なポイントだ。
保管制度の利用方法について
「自筆証書遺言」の保管制度を利用するにあたっては、つぎのような手続きが必要だ。
<遺言書の様式>
保管の対象となるのは自筆証書遺言のみである。また、遺言書は封のされていない法務省令で定める様式に従って作成されたものでなければならない。
<申請場所>
遺言書の保管の申請は、遺言者の住所地もしく本籍地または遺言者が所有する不動産の所在地を管轄する遺言書保管所の遺言書保管官に対して行う。
遺言書保管所とは、各地法務局のうち法務大臣が指定する法務局だ。
<申請方法>
保管の申請は、遺言者自らが遺言書保管所に出向いて行わなければならない。代理では認められない。
申請の際には、申請人が本人であるかどうかの確認が行われる。
<閲覧等の請求>
遺言者は、保管されている遺言書について閲覧を請求することができ、また遺言書の保管の申請を撤回することができる。
これに対し、遺言者以外は、遺言者の生存中、遺言書の閲覧等を行うことはできない。
ただし、特定の死亡している者について、自己(請求者)が相続人や受遺者等となっている遺言書(関係遺言書)が遺言書保管所に保管されているかどうかを証明した書面(遺言書保管事実証明書)の交付を請求することはできる。
さらに、遺言者の死亡後、遺言者の相続人、受遺者などは、遺言書の画像情報等を用いた証明書(遺言書情報証明書)の交付や遺言書原本の閲覧を請求できる。
なお、遺言書保管官は、遺言書情報証明書を交付したり、相続人等に遺言書の閲覧をさせたときは速やかに、遺言書を保管している旨を遺言者の相続人、受遺者および遺言執行者に通知する。
<手数料>
遺言書の保管の申請、遺言書の閲覧請求、遺言書情報証明書または遺言書保管事実証明書の交付の請求をするには、手数料を納める必要がある。
金額は数千円程度になるのではないかといわれている。
「自筆証書遺言」は本当に使いやすくなったのか?
このように、方式の緩和や保管制度の創設により、「自筆証書遺言」が以前より利用しやすくなることは確かだろう。
しかし、従来から遺言の作成にあたって法律の専門家の多くは、「公正証書遺言」の方を推奨している。今回の改正によってもやはり、遺言を行う目的やメリットの実現という点では「公正証書遺言」のほうが優れているといわれる。
なぜなら、「自筆証書遺言」は改正後においても、記載内容はあくまで遺言者が自由に考え、書くことが前提だ。
「公正証書遺言」のように、公証人が遺言者の意思を確認しつつ、適切な内容の遺言を作成するのに比べると内容が抽象的であったり、漏れがあったり、不備があったりして、むしろ相続人の間のトラブルの原因となることも少なくない。
また、遺言を利用するということは、特定の相続人に法定相続分を超える財産を相続させることを目的とすることが多い。ある意味、相続人の間に差をつけるために遺言を利用するのだ。
この点、「公正証書遺言」であれば、相続が発生した後すぐ、遺言内容に沿って相続を執行することができる(そのために遺言執行者も指定しておく)。
一方、「自筆証書遺言」は従来、検認が必要で遺言内容は全ての相続人に知られてしまう。今回、新たにできる保管制度では検認は不要になるが、証明書交付や閲覧請求を行うと、遺言保管官から他の相続人に通知され、遺言の存在が明らかになる。また、閲覧請求も可能である。その結果、遺言執行を妨害される可能性が出てくるのだ。
さらにいえば、他の相続人への通知のため、相続発生後は法務局に全ての相続人の戸籍を提出しなければならない。すなわち、相続人の戸籍一式をそろえる必要があり、「公正証書遺言」ほどのスピーディーな執行は難しい。
「自筆証書遺言」が多少、利用しやすくなるとはいえ、安易に考えていると思ったようなメリットを得ることはできない。
遺言を利用するのであれば、法律の専門家のアドバイスとサポートを受けることを強くおすすめしたい。
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