「空き家になっている親の実家を"相続放棄"したいが、引き取ってもらえるか?」こんな悩みを持つ人が多くなっていると聞きます。実際、「相続放棄・所有権放棄」については、2019年末の法務省法制審議会 民法・不動産登記法部会「民法・不動産登記法(所有者不明土地関係)等の改正に関する中間試案」で議論されていますので、 相続放棄・所有権放棄の現状と今後の法改正の方向性について、具体的に解説していきます。(ファイナンシャルプランナー・佐藤益弘)
所有者不明土地問題のさまざまなケース
所有者不明土地問題の現況について、前回まで2回に分けてお伝えしました。今回からは、以下のような所有者不明土地に関する具体的なケースについて、5回に分けて解説していきます。
【関連記事はこちら】>>「所有者不明土地」とは? 増加する理由や、その問題点について詳しく解説!
【ケース1】
・使い道や経済的な負担を考え、空き家になっている親の実家を「相続放棄」したいが、引き取ってもらえるか?
【ケース2】
・子供のためにおじいさんの登記(名義)になっている土地を自分のモノにしたいが、いとこ(亡くなったおじさんの子供)がどこに居るかわからないので話し合えない
【ケース3】
・兄弟姉妹で共有名義になっている両親の実家(空き家)を処分したいけれど、1人だけ反対されて困っている
【ケース4】
・管理不全の状態になっている近隣の土地があり、地域全体で対応したいが、誰が持ち主なのかわからず困っている
【ケース5】
・隣地から木の枝が越境して迷惑なので切除したいが、了承してくれない
このような問題が解決しないため、結果として管理不全の空き家や空き地が増え、地域、ひいては社会全体の問題となっています。現在、国はこれらの問題に対して法整備を進めている最中です。そのため変更も予想されますから、一歩先読みするために、現時点(2020年5月)の情報をベースにお話していきたいと思います。
まずは、悩まれている人も多い「相続放棄・所有権放棄」に関する現状と今後についてお伝えしていきましょう。
空き地や空き家の相続放棄、現状は可能
急速な少子超高齢社会の到来、その情勢によりさまざまな社会制度が変化しています。その中で、利用価値や経済的価値の付かない土地や建物=「空き地や空き家を手放したい」と考える人が急増しています。しかし、売買などの取引は需給関係で成立するため、買いたいという人がいなければ手放すことができません。
そのため、代替わり(親から子、祖父母から孫など、代をまたぐ遺産相続)のタイミングで、その空き地や空き家を手放してしまおうと考える人が多く、実際、代替わりの相続時点では、法的にも「相続放棄」が認められています。
相続放棄を行う場合は、亡くなってから(正確には亡くなったことを知ってから)3カ月以内に、相続人本人が、放棄する旨を被相続人(亡くなった人)の最後の住所を管轄する家庭裁判所に申し出ます。その際、被相続人の住民票除票か戸籍除票と、本人と被相続人との関係に応じた戸籍謄本が必要です。また、相続開始前にはできず、撤回もできません。
注意点としては、相続放棄をすると、最初から相続人でなかったことになるため、預貯金などの財産も放棄することになります。ただし、生命保険の死亡保険金は、法的に被相続人の財産ではないので、相続放棄しても受け取ることができます。
相続放棄しても、その土地の管理責任は問われる
「相続放棄は法的に可能である」と述べましたが、法的に土地所有権を放棄できるかどうかは、現行法上では必ずしも明らかではないという事実は意外と知られていません。
たとえば、①現行法上、ゴミなど動産や請求権などの債権については放棄が認められています。
また、②所有者のない不動産については国庫に帰属するものとされています(民法239条第2項)。ですから、相続放棄をすれば基本的に国庫に入るはずです。
ただし、③土地の所有権放棄が権利濫用(らんよう)等にあたるとされ、認められなかった(無効とされた)ケースもあります。権利濫用とは、割り切った言い方をすると「やり過ぎ」ということです。正当な権利の行使のように見えても、社会的に認められる限度を超えて権利を活用しているケースで使われます。
権利濫用により無効となった有名な判例(広島高等裁判所松江支部 平成28年12月21日判決)を紹介しておきましょう。
原告(放棄したい人)は、相続した土地の所有権放棄をしたため、所有者不明土地となり、その所有権は被告(国)に移動していると主張。
【放棄の理由】
原告の父が原告の祖母から相続した利用価値の低い土地があり、父が亡くなった場合、自分が相続することになる。
⇒管理負担を免れたいため、生前贈与により相続した上で所有権を放棄した。
【判決】
所有権放棄は権利濫用にあたるため、認められないとされた。
【権利濫用とされた理由】
原告は所有権放棄をすることで管理負担を免れることを認識した上で相続しており、これを認めた場合、国が不利益を負担、結果的に国民全体に不利益が及ぶため、権利濫用にあたる。
つまり、個々人が相続放棄すると、「最初から相続人とならなかったこと」になりますが、相続放棄をしても、相続財産に関して一定の管理義務は生じるケースがあるということです。
土地基本法改正により、管理責任は所有者に!
行政の立場から考えても、特に不動産の保有税である固定資産税は、地方自治体である市町村の重要な財源です。ただでさえ財源不足で苦労している昨今、簡単に相続放棄をされて所有者が国に移ってしまっては、固定資産税分の収入が減ってしまう(国からは固定資産税の支払いがない)ことになります。
また、使い道の乏しい不動産が国庫に入るということは、国自体でその土地の管理責任を負うことになります。管理の手間やコストは税収に基づきなされるはずなので、社会全体で害が生じるという解釈も成り立ちます。
ちなみに、2020年(令和2年)3月に「土地基本法」が改正されました。改正前、管理責任は土地を保有することが前提、つまり、所有する意思の有無がポイントでした。しかし改正後は、昨今の空き地や空き家の増加を踏まえ、土地保有の意思の有無は問わず、所有者が管理責任を負う内容に改定され、管理不全の責任について明確化しました。
所有権放棄をめぐる今後の予測
現状、所有権自体の放棄は認められていません。ですから、どのような形であれ、誰かが所有権を引き継ぐ必要があります。
ただ、管理不全を起こしている土地が増加しているのも事実です。何もしないままこの状態を放置しておくメリットは何一つありません。管理不全の状況を防止するとともに、所有者不明土地の発生自体を抑制することを考えれば、条件付きで新たに「土地所有権の放棄を可能とする制度」を創設し、放棄された土地を国に帰属させることの意義は大きく、実際にそのような方向で検討されています。
たとえば、所有権放棄の要件ですが、今後の管理に多大なコストがかかってしまうのは、社会全体から見たときに本末転倒です。そのため、「土地の権利帰属に争いがなく、境界が確定されている」ことや、「土地について第三者の使用収益権や担保権が設定されておらず、所有者以外に土地を占有する者がいない」ことなど、コスト面の視点は必須条件でしょう。
また、特別に認めるわけなので、モラルハザード防止のための手段も必要になります。たとえば、以下の例のように「将来的にも現状のままで容易に管理できる」といった条件が必要でしょう。
- ・建物や土地の性質に応じた管理を阻害する有体物が存在しない
- ・崖地等の管理困難な土地ではない
- ・土地に埋没物や土壌汚染がない
- ・土地の管理にあたって、他者との間の調整や費用負担を要しない
所有権放棄が可能となるよう、法改正を目指している
そして、放棄を希望する土地所有者が、審査手数料や管理に係る一定の費用を負担することも加味する必要があると思われます。恐らくそのための公的な審査機関も設置されるでしょう。
また、土地所有者は、「対象になっている土地を民間の不動産売買市場で売却するよう試みた」、「専門機関などに相談し、土地取得・利用の希望者のあっせんを受けることを試みた」など、相当な努力が払われたと認められる方法により、土地の譲渡等を試みたが、できなかった場合など、やむを得ないと言えるだけの対応が必要になるでしょう。
最後に、2020年秋に想定される臨時国会で、政府は民法や不動産登記法改正案の提出を目指しています。この改正案が可決されると、一定の要件を満たせば不動産所有権放棄が可能となる、全く新しい制度が創設されることになります。民法(物権編・相続編)、不動産登記法、新規の行政法の創設など非常に大きな改正になるので 、相続放棄・所有権放棄を考えている方は、今後も情報収集に努めてください。
【関連記事はこちら】>>「権利未登記」「違法建築」「境界未確定」など”不動産の売却”でよくあるトラブルの解決法とは?
「所有者不明土地」シリーズのリンク集 |
◆概要編◆
◆ケース別解決策◆ 3.「相続放棄」で親の実家の空き地・空き家を手放したい |
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