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相続人に認知症の人がいる場合の注意点と対策は?
遺言や成年後見制度の利用で相続可能に

2020年11月21日公開(2021年5月26日更新)
古井一匡:ライター
監修者 弓家田良彦:税理士法人 弓家田・富山事務所 所長

社会の高齢化が進むにつれて深刻になっているのが認知症の問題です。認知症になると法律上の責任能力が認められなくなり、被相続人(生前)であれば生前贈与や遺言の作成、相続人であれば遺産分割協議や資産の売却などが難しくなります。もし、相続関係者の中に認知症の人がいた場合、手続きなどはどうなるのでしょうか。(協力・監修:税理士法人 弓家田・富山事務所 弓家田良彦氏)

【目次】

  1. ◆認知症の人は2025年には730万人に
  2. ◆相続人の中に認知症の人がいる場合
  3. ◆被相続人の中に認知症の疑いがある場合
  4. ◆認知症の相続対策

認知症の人は2025年には730万人、
65歳以上の「5人に1人」との推計も

 認知症とは、アルツハイマー症や脳出血、脳梗塞などによって正常な認知機能が低下し、日常生活などに支障をきたすようになった状態を指します。

 2012年時点の厚生労働省の推計によると、65歳以上の高齢者において、認知症患者の数は約462万人とされていました。

 また、高齢になるにつれて認知症の割合は増加する傾向があり、下の図表のように85歳以上では55%以上が認知症になるともいわれます。

図表 認知症にかかっている人の割合(年齢別) 出典:「日本における認知症の高齢者人口の将来推計に関する研究」(平成26年度厚生労働科学研究費補助金特別研究事業)より算出
図表 認知症にかかっている人の割合(年齢別)
出典:「日本における認知症の高齢者人口の将来推計に関する研究」(平成26年度厚生労働科学研究費補助金特別研究事業)より算出

 今後も社会の高齢化が進む日本において認知症の人が増えていくことは確実で、2025年には730万人、65歳以上の人口の約20%が認知症になると推定されています。

図表 各年齢の認知症有病率が上昇する場合の将来推計 ※認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)~認知症高齢者等にやさしい地域づくりに向けて~の概要(厚生労働省)
図表 各年齢の認知症有病率が上昇する場合の将来推計
出典:認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)~認知症高齢者等にやさしい地域づくりに向けて~の概要(厚生労働省)

 認知症になると、物を覚えられない、今までできていたことができなくなる、意味もなく徘徊するといった日常生活の問題だけでなく、民法上、「意思能力のない者」として扱われます。

「意思能力」とは、各種契約など自分が行う法律行為の結果を判断することができる精神的能力のことです。「意思能力がない者」が行った法律行為は無効となります。

相続人の中に認知症の人がいる場合、
遺産分割協議ができない

 相続人の中に認知症の人がいる場合については、相続財産(遺産)をどのように分けるか相続人が話し合う遺産分割協議が問題になります。

 遺産分割協議が成立するには相続人全員の合意が必要です。一人でも認知症の人がいると遺産分割協議は不可能です。

 その場合、相続財産はどうなるのでしょうか。相続が発生すると、相続財産は基本的に相続人全員の共有になります。遺産分割協議ができなければずっと、未分割のまま共有の状態が続くことになるのです。

 未分割のまま共有が続くと、さまざまな不都合が出てきます。

 例えば、「小規模宅地等の特例」など相続税の負担を抑える制度は、条件を満たす相続人が相続しないと利用できません。結果的に、相続税の負担が増す可能性があります。
【関連記事はこちら】>>実家の相続で活用すべき「小規模宅地等の特例」を解説! 気をつけたい"3つの落とし穴"と、売却時の注意点は?

 あるいは、共有となった不動産の扱いが難しくなります。共有となった不動産を誰かに貸すのであれば、民法上「共有物の管理」として共有者の過半数が賛成すればできます。

 しかし、共有となった不動産を売却するとなると、民法上「共有物の変更」にあたり、共有者全員の同意が必要です。相続人の中に認知症の人がいると、その同意ができないのです。

 例えば、父親が亡くなり、認知症の母親と子が実家を相続したとしましょう。母親の介護費用に充てるため実家を売却しようとしても、売却できないのです。

 そのほか、相続人が亡くなると新たな相続が発生し、共有となった財産の共有者がどんどん増えていき、ますます扱いが難しくなりかねません。

 ただし、相続財産のうち、他人に貸したお金である金銭債権など「可分債権」は例外的に、相続と同時に法定相続分で各相続人が相続します。

 また、金銭債権でも金融機関の預貯金については例外の例外(金銭債権ではあるものの「不可分債権」)とされ、相続人の共有となりますが、一定額(預貯金の3分の1に権利行使者の法定相続分を掛けた額、または150万円が上限)については、遺産分割前でも引き出せます。
【関連記事はこちら】>>遺産分割の前でも「預貯金の引き出し」が柔軟に行えるように相続法を改正! これまでの問題点と新制度のメリットを解説

被相続人に認知症の疑いがある場合、
医師の診断書を取る

 遺産を残す被相続人(生前)が認知症になると、「不動産の売買」「遺言書の作成」「生前贈与」など相続に関係した法律行為が行えなくなります。

 ただ、認知症かどうか、またその進行状況は人によって差があり、普段は普通に会話ができるけれど、ちょっと難しい話になると理解できているかどうか分からないといったことがあります。

 そのため、認知症の疑いがある被相続人(生前)が作成した遺言書や生前贈与について、後から有効性が裁判で争われるケースが実際にあります。

 親が高齢でどうも言動が怪しくなってきたというとき、将来の相続に備えて「不動産の売買」「遺言書の作成」「生前贈与」などを行うのであれば、事前に医師の診断書を取ったりするなど、慎重を期すべきでしょう。

認知症の相続人がいる場合は、
成年後見制度や家族信託の利用も

 それでは、相続人の中に認知症の人がいる場合に備えて、どのような対応策が考えられるのでしょうか。

・認知症の相続人がいても「遺言」があれば相続できる

 まず検討したいのが、遺言の利用です。

 遺言で通常、よく用いられるのは「自筆証書遺言」と「公正証書遺言」の2つです。

 このうち、遺言者が自分で自由に作成できる「自筆証書遺言」については、2019年の民法改正で作成条件が緩和されたり、新たに法務局での保管制度が設けられたりしました。
【関連記事はこちら】>>自筆証書遺言と公正証書遺言、おすすめはどっち? 法改正による要件緩和や保管制度のメリットを検証!

 しかし、遺言者が認知症になっていないかどうかの確認を含め、適切な内容の遺言を作成し、遺言者の意思の通りの遺産分割を確実に行うには、公証役場で公証人に作成してもらう「公正証書遺言」のほうが適しているでしょう。

 なお、当然ですが、遺言の作成は被相続人(生前)が認知症でないことが大前提となります。

 有効な遺言があれば、相続人の中に認知症の人がいて遺産分割協議ができなくても、基本的には遺言の内容に従って相続が行われます。

・「成年後見制度」の利用で相続可能になる

 別の選択肢としては、「成年後見制度(法定後見)」を利用して、代理人を用意することが考えられます。

 これは民法改正により2004年4月から始まった制度で、本人の判断能力の度合いに応じて「後見」「保佐」「補助」という3つの種類があります。

 関係者が家庭裁判所に申し立て、成年後見人をつけることで、認知症になった本人の代わりに法律行為を行うことができます。

 ただし、被相続人(生前)が認知症の場合、遺言は本人しか行えない身分行為とされており、成年後見人が本人に代わって遺言を作成することはできません。

 相続人の中に認知症の人がいる場合であれば、成年後見人がつくことで、遺産分割協議に参加したり、不動産の売却にあたって本人の代わりに合意することも可能になります。

 ただし、成年後見人はあくまで本人のために判断し、行動することが求められ、他の相続人と考えが必ずしも一致するとは限りません。

 実際に利用されるケースも、あまり増えていないようです。成年後見人が誰になるのかは家庭裁判所が決めますが、これまでは外部の弁護士など専門職が選ばれることが多く、少なくとも毎月3万~4万円程度の報酬が必要になります。年間で数十万円の負担が何年も続く可能性があるのです。

 一方、配偶者や子など親族が成年後見人になれば報酬は不要ですが、使い込みなどの不正が一定程度、発生しており、本人の資産額などによって裁判所が慎重に判断するとされます。※参考:最高裁判所「成年後見制度について

・任意後見も使えるが、特別代理人の選定が必要

 なお、成年後見人については、任意後見という制度もあります。こちらは、相続人が元気なうちに、任意後見人を選んで公正証書で任意後見契約を結ぶという制度です。通常は実際の介護を行う近親者を指定します。

 ただし、遺産分割協議については、その任意後見人自身が相続人であることが多く、認知症の相続人と後見人が「利益相反」となってしまい、遺産分割協議ができないことがあります。

 その場合は、遺産分割協議だけを行う「特別代理人」を立てることができます。特別代理人は、家庭裁判所での審判を経て決定されます。利益相反がない弁護士や司法書士が選任されるケースが多いようです。

 特別代理人に選ばれた弁護士などには報酬を支払う必要がありますが、遺産分割協議が終わればそれで終了できます。

 一方で、前のパートで説明した「成年後見制度(法定後見)」の場合は、一度選んでしまうと、相続人がなくなるまで報酬を支払い続けるとになるでしょう。裁判所は、途中で後見人制度の利用をやめることを認めたがらない傾向があるからです。毎月3万~4万円程度の報酬を払い続けることを考えると、「任意後見+特別代理人」という選択肢も有力といえるのではないでしょうか。

・家族に認知症の相続人がいる場合は「家族信託」を利用する

 もうひとつの選択肢として、「家族信託」を利用することも考えられます。

 「家族信託」というのは一般的な呼び方で、2007年に改正された新しい信託法に基づき、親と子など家族の間で信託契約を結び、財産の管理等を任せるものです。

 例えば、父親が亡くなり、認知症の母親と子が実家を相続したとしましょう。父親が存命のうちに信託契約によって子に自宅の所有権を移転し、その管理や運用を任せます。父親が亡くなった後は母親のために自宅を管理、運用するよう信託契約で定めておけば、信託契約の範囲内で子の判断によって自宅を換金することも可能です。

 なお、子に自宅の所有権を移転するに当たり、自宅の登記簿には「信託目録」の項が設けられ、信託の目的や存続期間、受託者の権限などが記載され公示されます。

 家族信託は、弁護士、司法書士、税理士といった専門家に依頼することになるでしょう。ただ、「成年後見制度」と同じで、「家族信託」もまだまだ広く利用されるまでには至っていません。


 今後、相続における認知症の問題は、多くの人が直面すると思われます。その可能性を認識し、どのような対応を取るのか、関係者の間でよく考えておくべきでしょう。
【関連記事はこちら】>>「相続」で必要な書類、手続きのスケジュールを解説! 不動産を相続するときの基礎知識(1)

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