水害に関するハザードマップの想定被害が、想定ではなく現実になりつつある。東京では荒川や隅田川、江戸川がある東エリアの水害リスクが注目されているが、2019年は多摩川の氾濫などで、東京の西エリアでも浸水被害が広がった。今回は、都内の西側のどういう地域に水害リスクがあるのかをレポートする。(フリージャーナリスト:福﨑剛)
江東5区だけじゃなく、東京西エリアも水害リスクはある!
東京23区の中でも、東エリアに位置する江東5区(墨田区・江東区・足立区・葛飾区・江戸川区)は、大規模な水害で浸水するリスクが極めて高いことで知られている。では、東京の西エリアは安心なのかというと、そうではない。新宿区、渋谷区、目黒区、世田谷区、杉並区、練馬区、板橋区、大田区などでも、水害のリスクがあるのだ。
実際、2019年の台風19号によって、二子玉川(世田谷区)周辺では多摩川が一部氾濫したほか、武蔵小杉(川崎市)ではマンホールから雨水などが逆流して、一帯が水浸しになった。これらは東京西エリアにあたる。
実は、二子玉川がある世田谷区の作成している洪水ハザードマップ(多摩川版)によると、以前から二子玉川駅周辺は浸水リスクがあることが示されていた。中には、5メートル以上の浸水が想定されるエリアもあったのだ。
水害は、河川の氾濫だけではない!
都市部では「内水氾濫」リスクが高い
多摩川氾濫のような河川氾濫リスク以外にも、水害リスクはある。水害には、「外水氾濫」と「内水氾濫」の2種類があるのだが、二子玉川付近で起きた多摩川の氾濫は「外水氾濫」にあたる。「外水氾濫」とは、堤防などが決壊して、河川が氾濫することで発生する水害のことで、「水害」と言われて一般的にイメージされるのは、この外水氾濫だろう。
対して「内水氾濫」とは、下水道の雨水排水能力を上回る降雨があった場合や、雨水排水能力に余裕があっても、河川の水がいっぱいになっており排水できない場合に、市街地内で浸水が起きるものだ。例えば、2019年の台風19号により起こった、武蔵小杉駅周辺の浸水被害はそのひとつ。増水した多摩川の水が下水道を通って逆流し、下水と一緒になって市街地にあふれ出したのだ。
実は、東京都に関していうと、外水氾濫よりも内水氾濫の被害の方が大きいことが分かっている。東京都における水害の約8割が、内水氾濫によるものだ。
都市部を流れる中小河川(支川)の護岸整備の多くは、昭和60年代に作られたもので、1時間あたり50ミリの降雨に対応できるようになっており、これまで大きな減災効果をあげてきた。ところが、平成に入ってからは状況が変わり、大型台風の襲来や、突発的な集中豪雨が増えてきた。
昭和57(1982)年から平成25(2013)年の30年ほどに起きた主要な洪水の一覧をみると、しばしば時間100ミリを超える集中豪雨に見舞われていることが分かる。一度に大量の雨が降ったことにより、同時に8つの河川が溢水(いっすい)したこともあった。
こうした集中豪雨が増えた原因は、都市の「ヒートアイランド現象※」だとも言われており、その特性から「都市型水害」とも呼ばれている。1時間あたり100ミリ前後の集中豪雨があれば、下水道の負荷は排水能力の限界を超えてしまうため、市街地で浸水が起きる。つまり、たとえ河川から離れた場所であっても内水氾濫という浸水リスクがあるため、安全だとは言い切れないのだ。
内水氾濫リスクが高い東京西エリアはここだ!
では、具体的にどのエリアが内水氾濫リスクが高いのだろうか? 各区役所が作成したハザードマップを参照しながら探してみよう。
ちなみに、各区役所で作成する洪水ハザードマップでは、水害の浸水エリアや深さについて色分けしているものの、外水氾濫と内水氾濫の区別まではしていない場合が多い。そこで今回は、河川から離れたエリアで、かつ浸水の深さが比較的浅い場合は、内水氾濫のリスクがあるエリアだと考えて分析した。
【板橋区】
三園、赤塚、徳丸、西台、前野町、弥生町、仲宿などをはじめとして、区内に内水氾濫リスクがあるエリアが点在している。そのほか、石神井川や白子川の両岸を中心としたエリアには外水氾濫のリスクがある。※板橋区洪水ハザードマップはこちら
【練馬区】
西大泉町、谷原、三原台、石神井台、北町、桜台など、広範囲で内水氾濫のリスクや浅い浸水リスクがある。板橋区同様、石神井川と白子川周辺には外水氾濫リスクがある。※練馬区浸水ハザードマップはこちら
【杉並区】
井草、今川、西荻南、荻窪、本天沼、高円寺北、成田東、成田西、堀ノ内、和田、浜田山、永福など、区内の全域に内水氾濫リスクが点在している。妙正寺川、善福寺川周辺には外水氾濫リスクがある。※杉並区水害ハザードマップはこちら
【世田谷区】
北烏山、成城、宇奈根、南烏山、上北沢、粕谷、千歳台、桜上水、宮坂、松原、梅丘、弦巻、池尻、下馬など河川から離れた地区でも浸水リスクがある。これらのエリアは、内水氾濫だけでなく、起伏のある地形の関係で雨水が集まり浸水しやすいと予想される。ちなみに、世田谷区には仙川、野川、そして多摩川が流れている。※世田谷区 洪水ハザードマップ(全区版)はこちら
多摩川はどうして氾濫した?
台風による多摩川近辺の浸水被害は、過去にも起きている。1974年の台風16号による水害では、東京都狛江市の民家が19軒も流失した。その後の堤防整備等によって、多摩川の水害リスクは低くなったが、今回の浸水を巡っては、堤防の整備対応の遅れだという指摘もある。一部では、堤防建設を巡る住民たちの対立が原因で水害を招いた、との誤った話も流れたが、事実は違っている。
2019年の台風19号で多摩川の越水が起きたのは、東急線二子玉川駅そばの二子橋の北側エリア。この辺りは、堤防の整備が今まさに進められようとしているところであった。
国土交通省京浜河川事務所が発行している「二子玉川地区水辺地域づくりワーキングニュースレター」(第5号/2019年7月11日)に、洪水時の越水氾濫イメージが掲載されている。ケース1の現況の平面図では、越水する箇所を赤いラインで示しているが、台風19号で越水したのは、ちょうどこの箇所にあたる。
このニュースレターを見る限り、今回の水害を予見していたとも受け取れる。とはいえ、堤防整備には、現地調査や環境への配慮なども考慮しながら地域住人との了承も必要で、どのような計画にもある程度の時間はかかる。そういう意味で、今回は台風の被害が出る前に堤防整備計画が間に合わず、タイミングが悪かったと言えるだろう。
都市型水害の対策は、行政主導が基本
下水道の雨水排水能力は、防災・減災の上でも重要な課題になっている。東京都では、平成26年6月に「東京都豪雨対策基本方針」(改定)を発表し、豪雨対策に乗り出した。区部では時間最大75ミリ、多摩部では時間最大65ミリの降雨に対応できるように目標を定めて、下水道整備や貯留施設(調節池)の整備などを進めている。
豪雨・水害対策の多くは行政に任せる部分が大きいが、微力ながらも個人で協力できることもある。例えば、「雨水浸透ます・浸透管」「雨水貯蔵タンク」を設置することだ。これらは、雨水を直接地面に浸透させる設備で、河川に流れ込む雨水の量を減らすことができるものだ。
東京都下水道局でも積極的に導入が勧められていて、例えば、港区、品川区、目黒区、大田区、世田谷区、杉並区、北区、板橋区、練馬区の9区では、雨水浸透施設設置費用の助成金制度や無償設置の制度がある(2019年4月1日時点)。ところが、雨水浸透ますや貯蔵タンクといった対策は、地域一帯が取り組まなければ大きな効果は期待できない。
個人でできる水害対策とは?
火災保険の「水災補償」を確認しよう!
そこで、水害への備えとして重要なのが、火災保険の再確認と見直しだ。
水害リスクが避けられない場所に住んでいるのであれば、加入している保険に付帯する内容ぐらいは知っておいた方が良い。火災保険には、水害被害に対して水災補償というものがあるが、実はあまり知られていない。2016年に内閣府がまとめた「水害に対する備えに関する世論調査」では、水害による水災補償まで付けている保険加入者は31.1%だった。約14%は水災補償があることすら知らないという結果が出ている。
水災補償とは、具体的にどういうものなのだろうか? ここでいう水災とは、台風、暴風雨などによる洪水・高潮・土砂崩れ・落石等による損害を指す。これらの水災による被害で、ただちに補償金が支払われるわけではない。
水災における補償金支払い基準は、次の2つ。
1.家屋や家財などの損害額が、再取得価額の30%以上になった場合
2.床上浸水もしくは地盤面から45センチ以上の浸水被害
最近では、水災補償を広げる「特定設備火災補償特約(浸水条件なし)」という火災保険まで登場している(東京海上日動火災保険)。
これは、充電・発電・蓄電設備ほか給湯設備など、高額な機械設備を設置しているケースが増えている実情に合わせた補償で、万が一水災で損害が出た場合は、水災補償基準に当てはまらなくても補償してくれるという内容だ。つまり、床下浸水でも損害が発生すれば補償する。
まとめ
水害といえば東京都内東エリアばかりが取り上げられるイメージがあるが、西エリアでも水害が発生することを忘れてはいけない。特に多摩川をはじめ、神田川、善福寺川など周辺の住宅街は浸水リスクがある。また、都市型水害とされている内水氾濫は、河川近くでなくても発生するため注意が必要だ。
また、個人の家屋や財産を守る意味で、火災保険の見直しもしておきたい。台風や高潮等の水害による「水災」補償があり、火災保険にセットされているものやオプションで追加することもできるので、検討した方が良いだろう。
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