東日本大震災の被災者には、住宅ローンの減免制度「個人債務者の私的整理に関するガイドライン(個人版ガイドライン)」があり、返済が困難になれば、債務免除を受けられる可能性がある。ただ、現在までに実際に利用できたのは申込者の4分の1に過ぎない。なぜなのか。今回は、個人版ガイドラインの運用で見えてきた被災ローンへの対応方法を考えてみたい。震災に備えるには、実は普段からの備えが必要で、税金滞納やローン返済の延滞は避けるべきだということが分かってきた。(ジャーナリスト・木野龍逸)
連載「震災で、住宅ローンだけが残ったらどうなる?」
【第1回】返済が苦しければ、私的整理ガイドラインで減免を
【第2回】申し込んでも、債務免除できたのはわずか4分の1!
【第3回】災害の規模が大きいほど、後から支援策が出る?!
【第4回】50%しか補償できない地震保険で不安なら?
東日本大震災の個人版ガイドラインでは、
申込者の4分の1しかローンが減免されなかった
東日本大震災の爪痕は深く、被災ローンを減免できる個人版ガイドラインができたことで、被災者支援にあたる弁護士や支援関係者などは大きな期待をかけた。
しかし実際には、申し込んでも適用されなかった事例はかなり多く、逆に免除された事例は少なかった。個人版ガイドラインを利用して被災ローンの整理が成立した件数は1351件だが、同じ時期までに5755件の申し込みがあったのだ(2017年3月3日現在)。申し込んでも4分の1弱しか減免されなかったことになる。
なぜ成立しなかったのだろうか。不成立になった具体例を見てみよう。
石巻市の菅まさ子さんの自宅は津波で流され、全壊判定を受けた。被災時、購入から20年近かった菅さんの自宅のローン残額は900万円だった。震災後に夫の仕事は再開できず、収入は年金だけになったが、ローンの支払いは続いていた。
避難所に入れなかったため、地震保険や義援金などで得た手持ち資金は自宅修理に使ってしまった。そのため、生活再建はままならなかったという。
そんなときに、知人からガイドラインのことを聞いた。少しでも住宅ローンが減ればという期待をもって電話をしてみると、「木で鼻をくくったような対応だった」そうだ。それでも諦めず、10人以上の弁護士に相談をしながら自分でガイドラインの運営委員会とやりとりをした。けれども結局は不適用になった。理由は、税金の滞納だったという。
支払いが遅延していたのは月額4万円の所得税などで、総額100万円ほどだったそうだ。菅さんはその理由について、「震災後に仕事が再開できなかったうえ、2013年に夫ががんになって、出費が重なった。その時に治療費を賄うために2年ほど滞納していただけだったのに」と悔しがる。
その後、幸か不幸か、自宅のエリアが災害危険区域に指定され、自宅の土地は石巻市が買い取ることになった。その資金で、とりあえず住宅ローンは完済できた。
もっとも、住宅ローンはなくなったが、多額の費用を使ってせっかく修繕した家も失った。菅さんは現在、災害公営住宅に住んでいるが、震災前の生活環境が維持されているとは言い難い。こんなことになるなら、あの家を修繕しないで、お金を取っておけばよかったと考えることもある。それでもなんとか住む場所があることを、菅さんは前向きに受け止めている。「生きるっていうのは修行だね」と、菅さんは笑う。
震災前の債務が大きすぎ、税金滞納があれば、
ガイドラインによるローン免除が受けられない可能性
税金の滞納を理由に個人版ガイドラインが適用されなかった例をもうひとつ、紹介したい。
宮城県石巻市に住むシングルマザーの米谷康予さんは、育ち盛りの小学6年生の子ども育てながら、自宅で美容院を営んでいる。赤い壁が印象的なかわいらしい、トレーラーハウスだ。元々あった自宅兼店舗は、新築して1年5ヵ月しか経っていなかったのに、津波で流されてしまった。被災した時には信用金庫に約1400万円のローンが残っていた。
震災後は仮設住宅に入居していたが、12年3月にはお店を再開した。営業再開を急いだのは、震災前からの顧客から「いつ再開するの?」という問い合わせが多かったことや、長く休業することで顧客が離れることを懸念したためだった。加えて震災後は収入がゼロになっていたため、生活の不安もあった。
しかし、結果的に早期の生活再建は裏目に出た。地震保険金や義援金などの一時的な収入を使っても不足があり、新たに事業用のローンを組んだために借入金の総額が2000万円を超えてしまったためだ。店舗の規模が震災前の半分になったことなどにより売り上げが減り、返済が厳しくなっていったのだった。
こうしたことから個人版ガイドラインに申し込みをしたが、運営委員会からは適用条件を満たさないという連絡がきた。理由は、震災前の債務の返済額が収入と比較して大きいことと、震災前に税金の未納が高額だったと判断されたことだった。
米谷さんは、この2点についてはいずれも理由があると話す。まず収入に対する債務返済の比率は、震災の1年半前に店舗を拡大したばかりだったことなどから、一時的に返済金額の割合が大きくなっていたためだったという。席数を増やし、「さあこれからというところで震災にあったのに、返済比率が大きすぎて払えないでしょというのはおかしくないでしょうか」と米谷さんは言う。
2つ目の税金延滞は、店舗拡大でふくらんだ費用を分散させるため、市役所の合意を得て、税金を分割払いにしていたためだった。市役所には納得してもらっていたとはいえ、延滞という事実がクローズアップされてしまった。ただし、運営委員会からは詳しい説明はなく、本当のところはわからない。運営委員会とのやり取りかの過程から、その2点が問題視されていたのは間違いないと感じたのだった。
納得できなかった米谷さんは弁護士とともに、2度にわたって協議再開の申し立てをした。しかし結果が変わらなかっただけでなく、申請期間中に繰り延べになっていたローンの利息、150万円ほど増えてしまったという。
米谷さんは、「運営委員会は、落とすための理由を探している気がした」という思いを抱くと同時に、今後の生活に大きな不安を感じている。
「震災で収入は減ったのに、毎月の返済額は震災前と変わらない。返済が据え置きになっている分の返済が始まれば、さらに返済額が増えます。精神的にもいっぱいいっぱいで、この先、気持ちがもつのか不安です。もうカードローンにすがるしかないかもしれない」
運営委員会はこうした不成立の事例を公表していないため、不適合になった理由がどのようなものだったのかを統計的に示すデータはない。しかし被災者にとって命綱になるはずの個人版ガイドラインは、現実には被災者のニーズに合致していたとは言い難い部分があった。
運営委員会が門前払いをした?!
申込者は6000人弱に留まる個人版ガイドライン
個人版ガイドラインは、申し込み件数に比べて成立件数が少なかっただけでなく、そもそも申し込みの件数が予想を大きく下回ったという問題もある。2011年8月19日付の日経新聞電子版は、金融庁が1万~2万人の利用を見込んでいたことを報じている。
個人版ガイドラインの登録専門家として債務者の相談にあたっている官澤総合法律事務所の小向俊和弁護士によると、「運営委員会に問い合わせをした段階ではねられる人が多かった」という。つまり、門前払いだ。
第1回で説明したように、債務の減免を希望する場合は運営委員会に申し込みをすれば登録専門家が紹介され、手続きの支援をしてくれることになっている。しかし「多くの場合は(運営委員会が適用の可能性なしと判断して)弁護士紹介にも至らず、入り口のところで終わっていた。少しでも収入があるとはねられる人も多かった」(小向弁護士)。
仙台弁護士会は、13年5月22日の会長声明の中で、被災者に依頼された弁護士が個人版ガイドラインに相当すると判断した案件を、運営委員会が銀行への申出書の送付も行わずに取り下げ勧告をした事例が「相当数報告されている」と指摘している。
債務整理ができるかどうかを判断するのは、最終的には銀行だ。それなのに銀行の意向も聞かずに運営委員会が取り下げを求めるのは「被災ローン減免制度の目的に反するもの」(仙台弁護士会・会長声明)と批判している。
こうした状況は、国会議員による疑問の提示や弁護士会の意見表明などもあり、徐々に是正されていったが、後手に回ったことは否めない。
個人版ガイドラインの運用に当たっては、日弁連が指摘するように、ガイドラインが被災者に利用しやすいような体制が整っていなかった、運用が「きわめて厳格」に行われた、つまり救えるはずの人も救われなかったといった問題があったのは事実のようだ。冒頭で紹介した人のように、減免の対象外となった理由について詳しい説明がないため、理不尽に感じる人がいるのも納得できる。
また、運営委員会は中立的な第三者機関とはいうが、全銀協などが運営資金を拠出しており、そもそも銀行に不利になることをやりにくいのかもしれない。
税金の延滞、住宅ローン返済の延滞等があれば、
災害時にガイドラインで債務免除を受けるのは困難
ただし、税金の延滞、住宅ローン返済の延滞等があれば、ガイドラインの対象外になるのは紛れもない事実。また今回紹介した事例のように、税金の分割返納があると、借り入れには影響がなくても、減免措置の場合は障壁になる可能性がある。
被災者のニーズから見れば腑に落ちないところはあるが、震災発生前に対応できることの一つとして、税金の支払いや、ローンの返済はきっちりやっておくにこしたことはない。それが自らの身を守る可能性を高めるのだ。
【関連記事「住宅ローン支払いが苦しいなら、借り換え検討を 」はこちら>>】
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