歴史で知る日本の水害対策①
昔から日本で最も多い自然災害は「水害」だった?

2020年12月9日公開(2021年3月29日更新)
ダイヤモンド不動産研究所
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日本は世界有数の災害国家。なかでも、最も被害が大きいのは「水害」です。東日本大震災などの特別な大災害を除けば、頻度も多く、被災規模も大きいのが実は水害なのです。実は、もともと日本は昔から水害と戦ってきた歴史がありますが、今回はその全体像についてお話ししていきます。(ファイナンシャルプランナー・優益FPオフィス代表 佐藤益弘)

世界有数の災害国家である「日本」

 日本は世界的に見ても災害が多い国だと言われています。さまざまな自然的条件から、台風、豪雨、豪雪、洪水、土砂災害、地震、津波、火山噴火が引き起こされる国土なのです。

 日本の国土面積は世界の0.25%であるのに対して、マグニチュード6以上の地震回数は世界全体の20.8%を占め、災害被害額も世界の18.3%と非常に高い比率になっています。これほど災害に多く見舞われる国も珍しいでしょう。※出典:内閣府防災情報のページ「平成18年版防災白書

 そして、大変残念なことですが『日本沈没』(著・小松左京)で描かれているように、日本にいると何かしらの災害に遭う可能性が高く、「日本に安全な場所はない」ともいえます。ですから、今自分が住んでいる場所において「どんな災害」に「どれくらいの頻度」で遭い「どれくらいの被害」を受けそうか、ということを確認しておくことは、身を守るためにも大切なことです。
【関連記事】>>災害対策にも優先度がある⁉ 住まいの被災可能性を分類する「リスクマップ」を使って、計画的な災害対策を!

 ところで、日本において災害が多いのは現代特有の話ではありません。はるか昔から、日本では災害が頻繁に起きていました。そこで、わが国の災害の歴史を読み解きながら、災害について考えていきましょう。

日本の街づくりは、災害との戦いでもある

 日本は島国ですが、ほかの国の多くはどこかの大陸に属しています。ですから、歴史的にも世界的にも、街(都市)といえば、壁に囲まれた中に街がある「城塞都市」がメインとなります。異国民といった外敵から自分たちの命を守るために、城塞都市にした方が都合がいいからです。

 では、日本の場合はどうでしょう。実は、日本の都市には城塞都市がほとんどありません。戦国時代、向こう三軒両隣が外敵に囲まれ、「惣構え(そうがまえ)」が誕生するまで城塞都市と言われるものはありませんでした。

※惣構え=城や砦の外郭(がいかく)、またはその囲まれた内部のこと。特に、城のほか城下町一帯も含めて外周を堀や石垣、土塁で囲い込んだ、日本の城郭構造をいう。

 戦国時代以降は、天下泰平の江戸時代になりましたから、その存在は稀です。最近になって九州の太宰府周辺が城塞都市だったのではという説がありますが、それでもやはり、日本において主流とは言えないでしょう。そもそも日本は島国で、異国民など外敵から襲われる可能性は極めて低かったからだと思われます。

 ただ、本当に敵はいなかったのでしょうか? 

 実は、日本人における「外敵」は自然災害だといえるでしょう。先述したように、台風、豪雨、豪雪、洪水、土砂災害、地震、津波、火山噴火……と、あまりに多くの自然災害が引き起こされている土地です。

 つまり、日本の「街づくり=都市計画」は災害と隣り合わせなので、災害対策とリンクしています。日本の街づくりは海外のそれとは違って、「異国民からの侵略に対応するための街づくり」ではなく、「自然災害から身を守る街づくり」である必要がありました。

 ですから、日本は大昔から、世界的な常識(グローバル・スタンダード)ではなく、日本の常識(ローカル・ルール)のもと、生活してきたといえるでしょう。

日本で最も被災リスクが高い災害は「風水害」

 昔から「地震、雷、火事、おやじ」といわれるように、さまざまな災害や恐怖がありましたが、最も遭遇する可能性が高い自然災害は恐らく「風水害」でしょう。

 実際に、一般社団法人日本損害保険協会の統計「自然災害での支払額」 を見ても、未曾有の東日本大震災を除き地震による保険金の支払いよりも、風水害等による保険金の支払いの方が大きいのがわかります。

表:保険金支払額が多かった災害

 つまり、近年において最も出合う確率が高い自然災害は、「風水害」だということが分かります。ところが、実際には江戸時代からさかのぼっても、日本の都市は非常に多くの風水害にさらされてきました。そして、日本人はその都度、街づくりにおいて被災リスクが少なくなるよう、対策を打ってきたのです。

 そういう意味でも、先人の英知の塊である歴史から学べることも多々あります。

 さらに、環境問題の顕在化や気候変動により、世界各地で未曽有の災害が頻繁に起こっているなか、災害と向き合って暮らしてきた日本人の対応(ローカル・ルール)が、世界的にも注目されています。

日本の大都市は水害に弱いのが現状

 早速ですが、この図をご覧ください。

 この図は、国土交通省「河川データブック2020」の中にある「三大湾のゼロメートル地帯の面積・人口を気候変動による影響から見た図」です。左から、大阪周辺、名古屋周辺、東京周辺を表しています。

 大阪・名古屋・東京の三大都市にそれぞれ隣接する、大阪湾・伊勢湾・東京湾のゼロメートル地帯では、「海面水位が現時点で80cm上昇」した場合、水害のリスクが増大します。海面水位が80cm上昇すると、海面位以下となる土地が1.6倍になり、人口でいうと1.4倍の人が水害リスクにさらされると予想されています。

 湾から浸水するリスクもそうですが、河川の氾濫も忘れてはいけません。日本の河川の勾配は海外の大河と比較して、長さが短い割に標高の高い所から流れ落ちるため、流れが速く強くなります。

 そのため、一度洪水になると、その継続時間と単位流域面積あたりの洪水流量も巨大になります。以下のグラフでは、日本の河川がいかに多くの洪水流量がもたらされるかということを示しています。

 ひとたび大雨や台風に襲われると、高低差がある距離の短い河川に、非常に多くの雨水が流れこむというわけです。それに比べて世界の河川は、広大な土地にあるため勾配は緩やかになります。

 さらに、後述しますが、日本の市街地は「低平地」や「ゼロメートル地帯」が多いのが特徴です。

 となると、ひとたび台風や大雨などになると、河川の流出量も多く、自然排水が困難になる可能性が高いことから、洪水・内水・高潮による浸水が長時間に及ぶことが想定されます。

 いかに日本の都市が水害に弱いのかが理解できると思います。

 水害に弱いのは都市だけではありません。日本において木造住宅は一般的ですが、木造住宅は一度浸水するとさまざまな弊害が発生し、補修などに多大な時間と労力、経済的な負担が掛かります。

日本の都市は、脆弱な地盤の上にできている

 日本は海に囲まれた海洋国家で、国土も狭く、世界の陸地面積に対して0.25%の面積しかありません。山林に覆われていて平地が少ないという特徴もあります。

 海洋国家であるため、太古から、海の近くに住んだ方が、資源も豊富で生存しやすい……つまり、利便性が高く有利な環境である、河口近くの小高い丘などに人が集まり、街となりました。

 河口近くの土地というのは、沖積(ちゅうせき)平野と呼ばれる地層にあたります。つまり、現在の日本の都市(人口集中エリア)は、ほとんどが沖積平野に位置しています。

 沖積層とは、河川や海の働き(堆積作用)によりできた地層で、地層の中では最も新しい地層になります。主に固まっていない泥、砂、石などの堆積物からできていて、低地(沖積平野)を形成しています。

沖積層の説明図

 それぞれの地盤が作られる過程は以下の通りです。

①約18,000年前に海面が最も低下した時期=氷河期があり
②その時期に河川が侵食され、深い谷ができ
③その後の温暖化による海面上昇により
④この谷に川から流れてきた泥、砂、石などの堆積物がたまりできたのが、沖積層

 沖積層は、一般的にその下にある古い地層(洪積層)に比べて軟弱な地盤です。水害だけでなく、地震に対する危険度も高くなります。例えば、沖積層が30m以上もあるエリアは、地震の際に地震動が増幅されやすく、建物の不同沈下や液状化といった地盤災害を起こしやすいと言われています。

 沖積平野は日本全土の約13%にすぎないのですが、日本の主要な都市は沖積平野に集中しています。ですから、現在でも高台移転や軟弱地盤対策が、わが国の防災における基本的な課題となっています。

江戸時代初期、日本の人口は2.5倍に!
しかし災害によって停滞を迎える

 戦国時代は食料を確保して生きていくために、戦に勝って隣国の領土を奪っていました。しかし江戸時代に入ると、「天下泰平」の号令のもと、戦が禁止され、領土が固定されていきます。

 江戸時代前期は、主に海岸線や湿地などを干拓して新田に開発することで、食料供給を拡大していきました。農耕技術の向上もありました。その結果、1600年代初頭の日本の人口 は1200万人程度でしたが、1700年代初頭には3000万人超になり、2.5倍まで増加したと推計されています。(出典:研究社による人口推計と根拠)

グラフ:我が国における総人口の長期的推移
写真を拡大  出典:総務省「市町村合併の推進状況について 我が国における総人口の長期的推移

 江戸時代前期に起きたこの人口爆発により、経済も活性化していきました。1700年前後には「元禄バブル」と言われるまでに経済が活況となります。江戸時代前半は開発の時代だったのです。

 ところが、1700年前半~1800年代後半までの約150年間は、ほとんど人口の変化はありません。そして、江戸時代の生活様式としてよく言われている「エコ」は、ちょうどこの時代にあたります。なぜ、開発の時代から一転して「物を大切に使う、なんでも直す」「エネルギーを無駄にしない」という、エコな生活に変わっていったのでしょうか。

 詳細は後日お伝えしますが、実は自然災害が大きく影響しています。1707年(宝永4年)に起きた「宝永地震」「富士山噴火」という未曽有の大災害により、元禄バブルが崩壊し、以降、低成長時代に入ったと言われています。

近代化・高度成長により、またもや人口が急増!

 明治以降、時の政府は、それまでの幕藩体制(=地方分権社会)から、東京を中心とした中央集権国家を目指しました。特に、人の移動が自由となったことが大きかったと思います。全国的な鉄道敷設により、移動のスピードも増し、首都東京に人々や経済が集中していきました。

 明治以降の農業生産力の更なる増大、工業化による経済発展に伴う国民の所得水準の向上と生活の安定、保健・医療等の公衆衛生水準の向上、内乱がない社会の安定等により、必然的に人口も増加し、1912年(明治45年)には5000万人を超えました。

グラフ:明治から昭和にかけての日本の都市の人口の推移
写真を拡大
出典:国土交通省「平成30年版土地白書」

 また、人口の増加と同時に、都市部に人口が集中するようになりました。それを表しているのが上図です。住宅不足も顕在化し、必然的にそれまで田畑・農地として使っていた災害に弱い土地(=低湿地)が、住宅地となっていったわけです。

 さらに、戦後の高度成長期には、埋立地や崖地の宅地化が進み、自然災害にさらに弱い場所が宅地化していくという流れで、都市が拡大していきました。これが現在の日本の主要都市がつくられた大枠の流れです。

 次回以降は、東京、大阪、名古屋の三大都市の歴史について見てみましょう!

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