三軒茶屋は、三角地帯の再開発の遅れがむしろ魅力を生み出している!? 【世田谷区】10年後地価上昇率ランキングトップの街を解説

【第6回】2026年9月15日公開(2026年9月15日更新)
中川寛子:住まいと街の解説者・東京情報堂代表

将来、地価が上がる街はどこなのか? ダイヤモンド不動産研究所が作成した地価騰落率10年後予測をもとに、住まいと街の解説者・中川寛子氏が地価上昇率の高いエリアを訪れ、解説する連載シリーズ。第6回は、東京都世田谷区で上昇率トップの三軒茶屋周辺に焦点を当てる。筆者もかつて住んでいたという同エリアは、どんな変遷を経て、今後どうなっていくのだろうか。

世田谷区の地価上昇率が高いエリアは、三軒茶屋から下北沢に集中

 東京23区内ではトップの人口を擁する世田谷区は、面積でも大田区についで都内第2位。当然ながら区内には閑静な住宅街もあれば、広い緑地、庶民的な商店街、タワーマンションや大型商業施設のある街とさまざまな表情がある。

 その世田谷区でAIが予測する10年後の地価上昇率が高い街トップは三軒茶屋。2位以下も三軒茶屋から下北沢の間に集中しており、利便性が大きな要因であることが分かる。だが、このエリアは一方で東京都が対策を急ぐ、災害時には危険とされる木密地域でもある。その辺のバランスはどう考えるべきなのだろう。

東京都世田谷区の10年後地価上昇率予測トップ10】

地区名 上昇率
世田谷区三軒茶屋 21.9%
世田谷区池尻 21.7%
世田谷区三宿

21.7%

世田谷区太子堂 21.2%
世田谷区若林 20.5%
世田谷区北沢 19.9%
世田谷区大原 19.7%
世田谷区代沢 19.6%
世田谷区代田 19.4%
世田谷区上馬 18.5%
約1,000万件の『不動産取引情報・成約価格情報』(出典:国土交通省・不動産情報ライブラリ)などを基に、AI(人工知能)を活用して作成。東京都市大学建築都市デザイン学部都市工学科秋山研究室の大学発ベンチャーである都市空間総合研究所で培われた学術的な知見と、最新のAI技術を用いて構築。詳細は、ダイヤモンド不動産研究所サイト内の「不動産価格データベース」のページを参照。
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三宿は、なぜ”おしゃれ”な街となったのか

 三軒茶屋近く、三宿という街に住んでいたことがある。今の20代はご存知ないだろうが、40代以上ならおそらく三宿→ゼスト→ラ・ボエムという一世を風靡したグローバルダイニング経営のレストランが頭の中に浮かぶだろう。

 私が住み始めたのはそれらの飲食店ができる少し前で、1989年9月、住み始めてすぐにピンク色の派手な外壁のメキシカンレストラン、ゼスト キャンティーナ世田谷が誕生。開業日には大行列ができた。それから2カ月ほど経った11月に世田谷公園近くにイタリアレストランのラ・ボエム世田谷ができ、こちらは店内に泉があると話題になった。両店ともにあちこちのメディアに出まくり、それで一気に三宿がおしゃれと言われるようになった。

三宿ラ・ボエム
三宿の交差点から世田谷公園に向かう途中にあるラ・ボエム世田谷。当時はこうした屋外にある席が珍しかった(筆者撮影)

 その後、世田谷公園の周辺を中心にいろいろな店ができるなどしたので、今はおしゃれになっているのかもしれないが、率直なところ、その当時の三宿から太子堂、三軒茶屋にかけて、あるいはその周辺エリアは決して『おしゃれ』な場所ではなかった。

下の谷商店街近くの路地
建築基準法的には道路といえないような細街路も少なくない(筆者撮影)

 細街路に木造の小さな家が並ぶ木密エリアで、関東大震災時に避難してきた人が多かったためか、下町風情が色濃かった。太子堂にある下の谷商店街は台東区下谷から避難してきた人が多かったから、その名称が付いたとも聞いた。

 提灯(!)を作っていた職人さんもおり、なぜ世田谷でと思ったものである。だが、メディアがおしゃれと言い続ければ、街のイメージは簡単に変わる。おしゃれな街は作られるものなのである。

下の谷商店街
下の谷商店街。かつては賑やかな商店街だった記憶があるが、今は開いている店のほうが少ない(筆者撮影)

木密地域・三軒茶屋の再開発は半分がストップしたまま

 おしゃれと言われる以前から災害に弱い街であることは認識されており、1981年には三軒茶屋地区市街地再開発基本構想が策定され、全体を5区にわけての開発計画が立てられた。

三軒茶屋周辺の再開発
三軒茶屋駅前の開発計画。第1区工区、第2工区、第5工区は完成したが、中央部の2つの工区はまだ検討中(出典:世田谷区ホームページ「三軒茶屋駅周辺のまちづくり基本方針」)

 私が引っ越した時点では下北沢に向かう茶沢通り沿いの第1工区(当初はams西武。現在は西友)が施行済み(1985年竣工)だった。

茶沢通り右側が第1工区として完成した建物。下北沢に向かう茶沢通り沿いにある(筆者撮影)
サンタワーズ
玉川通り沿いにある第5工区のサンタワーズ。駅から微妙に距離があるためか、ぽつんとした印象(筆者撮影)

 その後、1992年に246沿いの第5工区にA棟・B棟・C棟(センタービル)・D棟などからなるサンタワーズが誕生している。ここは18階建てのマンションのほか、オフィス、商業棟などからなっているが、現在の複合開発からすると共用スペースなどがなく、首都高脇の目立たない場所にあることもあって微妙に寂しい感がある。

 その後に作られたのが第2工区のキャロットタワーで、これが1996年。駅前の目立つタワーだったこともあり、これが三軒茶屋のイメージを大きく変えた。だが、この開発はすでに30年前。それから残りの2工区について検討は続けられてきているものの、具体的にいつ動くかについてはまだ見えていない。当初予定の半分くらいで計画が止まったまま、現在に至ってしまっているのである。

キャロットタワー
三軒茶屋の画像といえば多くはこの風景が使われるが、キャロットタワーの完成はすでに30年前である(筆者撮影)

 そのうち、第3工区は第2区のキャロットタワーの入口にあたる飲食店街すずらん通りと物販店が多いブンカ名店街を中心にした繁華街で、特にすずらん通りは路地を挟んで小規模な店が並ぶ賑やかなエリア。茶沢通り沿いにはかつて三軒茶屋の地名の由来になったといわれる茶屋のうちの1軒、田中家が陶器店として現存している。

すずらん通り
飲食店が並ぶすずらん通り。角にある店などいくつかは建て替えられた(筆者撮影)
仲見世商店街
エコー仲見世商店街。店舗は長い間に入れ替わりがあり、昔から変わらない店はかなり少なくなった(筆者撮影)

 もうひとつの第4工区はキャロットタワーと世田谷通りを挟んで向かい合う、通称三角地帯。三角の尖がった部分にエコー仲見世商店街という1950年から続く、闇市がそのまま継承された商店街があり、その背後には路地を挟んで飲食店が広がる。

 飲食店街については、1964年の東京五輪時に駒沢競技場建設や国道246号などの拡張に従事した人たちのために発達したと言われている。特に飲食店では3坪ほどの7~8人も入れば一杯という店も多く、逆にそれが客同士の親近感に繋がってもいる。

三角地帯
三角地帯の飲食店街。カウンターだけの小さな店も多く、個人経営が大半。ここ10数年でエスニック系が増えた(筆者撮影)

 かなりご高齢のママ(と言って良いのか)がやっていらっしゃるスナックでは「私が生きているうちには再開発はないわね」などといった話も聞けるし、一方で若い店主が営業する店も増えた。業種のバリエーションが広がって新旧が入り交じるいい感じの雰囲気なので興味のある方はぜひ、一度足を運んでいただきたい。 

既存の街並みを残しながら変化する三軒茶屋

 それでも三角地帯では、2019年に再開発に向けて準備組合が設立され、計画の検討や都市計画決定に向けて調整が進められている。また三角地帯とは国道246号を挟んだ三軒茶屋一丁目地区でも街づくりの検討が始まっており、当初計画の半分ほどしか実現できていないものの、行政としてこのエリアの再編を諦めているわけではない。

 だが、これまでの世田谷区の開発を見ているとここから急いで開発を進めることはなかろう。というのは、三軒茶屋近くの太子堂でまちづくりが始まったのは1980年。地域内の7割以上が狭隘道路という木密域で防災面の懸念があり、なんとかしなくてはということで始まったのだが、一応の完成を見るまでに20年。それからも活動は続いており、すでに40年以上。世田谷区には一度に大きな再開発というのではなく、小さな変化を積み重ねるという地道な活動の伝統があるのである。

千代の湯 三角地帯再開発エリア
煙突は銭湯「千代の湯」のもの。休業中ということになっているが、さて。三軒茶屋周辺にはそれ以外にもまだ3軒の銭湯がある(筆者撮影)

 逆に面白いのは、こうやって開発がストップしている間に大規模な開発に対する見方に少しずつ変化が現れてきたこと。かつては再開発万歳的な雰囲気があったが、最近ではどこもかしこも再開発で良いのか、既存の街並みを残した開発はないのかという意見を聞くことも増えた。実際、浜町や兜町のように大きな開発の隙間に残された古い建物を上手に利用することで街全体の価値を上げるような開発も行われるようになってきた。

 そう考えると三軒茶屋駅周辺も全部を更地にしての開発ではなく、部分的に変えるというやり方もあっても良いのかもしれない。実際、再開発予定エリア周辺では少しずつだが建て替えられたビルなども出てきている。駅から少し離れた再建築不可とされる路地奥に耐震、断熱改修が行われた宿などが誕生する例も相次いでいる。

三軒茶屋周辺の開発
空き家を利用した宿泊施設を見学に行った際の写真。この長い路地の先に宿があった(筆者撮影)

 そうしたやり方で少しずつ更新が進めば、古いものと新しいものがいい塩梅に混じりあった、これまでにない街が生まれるかもしれない。遅れに遅れた計画が逆に一周遅れで最先端になっているとしたら面白い話である。

 考えてみれば三軒茶屋の飲食店も店自体は変わらないのに、周囲の見方が変わったことで昭和レトロなどと評され、好ましく思われるようになったところがある。変わらないでいたら周囲が勝手に変わって評価されるようになった。三軒茶屋はそうした街なのかもしれない。

地価上昇率が低いエリアに世田谷の高級住宅地

 ところで、世田谷区の地価上昇率で、もうひとつ指摘しておきたいことがある。それが地価上昇率トップ10と逆に下からの10カ所の分布の違いである。下図で分かる通り、都心部に近い三軒茶屋から下北沢を結ぶエリア(赤)にトップ10が集中しており、ある意味一人勝ちといえる。

世田谷区
世田谷区の白地図に地価上昇率の高い10カ所(赤)、低い10カ所(青)を書き入れた。都心に近いエリアに上昇率が高い地点が集中していることがわかる

 逆にワースト10(青)は区の辺縁部に集まっている。ここまで述べて来た通り、再開発にあまり実現性が高くないことを考えると、交通利便性が上昇率に大きく影響しているということになる。

 もし世田谷区に詳しい人であれば、この図に鉄道、駅の分布を重ねてみると駅から遠い場所、バス便を利用せざるを得ない場所が選ばれにくくなっていることが分かると思う。

 さらに具体的な地域では、玉川田園調布や成城、尾山台、上野毛のようなお屋敷街が含まれていることも懸念する。田園調布、成城は多くの人がご存知だろうが、尾山台の環八を渡った多摩川までの斜面は二子玉川のタワーマンションを眼下に見下ろす住宅地で、大きな一戸建てが中心。

 上野毛もまた二子玉川を見下ろす地で、東急グループを一代で築いた実業家・五島慶太が晩年を過ごした地である。今も同地には彼の美術コレクションをもとにした五島美術館があり、緑陰の濃い、落ち着いた住宅街である。

 だが、今選ばれるのはそこではない。かつての住宅地は利便性よりも環境が優先されていたが、時代は変わった。”閑静な”という言葉だけでは選ばれなくなっている時代になったことを世田谷区の地価上昇率は教えてくれる。

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