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タワマン文学の先駆者・窓際三等兵改め外山薫氏にインタビュー!「湾岸タワマン」を取り巻く人たちのリアル事情を聞いた

2023年3月3日公開(2024年2月19日更新)
ダイヤモンド不動産研究所

タワマンに住む人々の悩みや葛藤を書きつづり、SNSで大きな話題となった「タワマン文学」。その先駆者である窓際三等兵が、作家名義を「外山薫」に改め、長編小説息が詰まるようなこの場所でを発表した。人間の嫌な部分をあぶり出して刺激する作風の窓際三等兵のイメージとは一変。タワマンに住む人の葛藤や悩みを描き、共感や感動を誘う群集劇となった。不動産事情にも詳しい外山薫氏に、本作のキーワードとなっている「湾岸」や「タワマン」事情や作品裏話などを聞いた。

小説『息が詰まるようなこの場所で』を書くまで

 

書籍『息が詰まるようなこの場所で』/外山薫(KADOKAWA刊)

【あらすじ】大手銀行の一般職として働く平田さやかは、念願のタワマンに住みながらも日々ストレスが絶えない。一人息子である充の過酷な受験戦争、同じマンションの最上階に住む医者一族の高杉家、そして総合職としてエリートコースを歩む同僚やPTAの雑務。日本における富の象徴となったタワマンに住む複数の家族を舞台に、東京で働き、暮らし、子育てに悩む人々の物語を描く。詳しくはこちら

――まずは『息が詰まるようなこの場所で』を書くまでの経緯を簡単に教えてください。タワマン文学はどのようにして始められたんですか?


外山薫(とやまかおる)
1985年生まれ。慶応義塾大学卒業。
外山薫(とやまかおる) 1985年生まれ。慶応義塾大学卒業。

外山 ツイッターで「高層階では気圧の関係で米がおいしく炊けない」という内容のツイートがバズったのを見たんです。2021年中頃だったかな。それを見て面白いじゃん!と、私も始めてみたんです。それがタワマン文学の始まりです。

当時、タイミング良く、豊洲の「ブランズタワー豊洲」の1階にダイエーができるというニュースが出て、"低層階の住人はダイエー、高層階の住人は近隣にあるフードストアあおきで買い物をする。その後、低層階の主婦が高層階の主婦にマウンティングされる”という話を思いつきました。

これがめちゃくちゃバズりまして(笑)。その後、2週間に1回くらいのペースでツイートしていたら、いつのまにかフォロワーも増えていまして。それで2022年2月にKADOKAWAさんから出版のお話を頂いたという経緯です。
 

「タワマン降ろし」や「タワマンいじり」が実際のタワマン住人にもウケる理由

――ネットでは「タワマンを買って失敗した」という、いわゆる”タワマン降ろし”みたいな記事がウケていますが、外山さんどう思います?

外山 それでいうと、まさにその”タワマン降ろし”をやってきた側の人間なのでよくわかります(笑)。
 
 今回の小説はちゃんとした読み物としてきれいにまとめていますが、それこそ、先ほどのお話の通り、もともとの始まりはタワマン住人をいじってやろうというところからスタートしていますしね。

 タワマンってやっぱり外から見たらギラギラとしている夜景のイメージがあって、かっこいいじゃないですか。

 今回の小説の表紙の写真がまさにそう。みんなが想像する東京の夜景で、テレビでは「東京の象徴」としても登場する。みんな幸せそうで、それが価値みたいな感じだからいじりやすいし、ウケやすいのかなと。

――ちなみにこのあたりって実際のタワマン住人はどう思ってるんですかね?

外山 実は意外とそんなに反応悪くないんですよね(笑)。

 例えば、一時、マンションの価格が暴落すると騒がれて、でも実際は暴落どころか上がっていて。そういうピントがズレたことを言われたときに、口には出さないけれど「何もわかっていない人が、またなんか言ってる」みたいに優越感を抱くことができるんですよ。

 あとは「あるある」ですね。実際タワマン内での濃密な付き合いって、子供がいないと全く成り立たないんですよね。

 でも子供がいることで、相手の収入とか職業とかが、うっすらと見えてくる。そういう口には出さないけど、「あるよね」みたいなちょっとしたリアリティーを楽しんでくれているみたいです。

 もちろん、「ふざけんな!」って言われることもありますが(笑)。体感では好意的な人とそうでない人、半々くらいですかね。

ポエム化した不動産広告「マンションポエム」の面白さとは?

――タワマンいじりといえば「マンションポエム(※)」なんて言葉もネットでよく見かけますが、外山さんが好きなマンションポエムはありますか?

外山 「光景(シーン)となる象徴(シンボル)」っていう、住友不動産の全物件のキャッチコピーがあるんですけど、これすごい好きですね。光景をシーンと読ませて、象徴をシンボルと読ませているあたりとか。ギラギラ感が伝わってきます。

 マンションポエムって、立地が悪い場所のほうが頑張っちゃったり、話を盛ったりしていて、それが面白かったりするんですよね。いじりがいがあるというか(笑)。

 35年ローンで買ったマンションって、人生の通信簿みたいな側面があって。正直、そのマンションが正解だったかって、35年後になってみないとわからないじゃないですか。

 でも、自分の大きな決断に「よくできました」という評価が欲しい。タワマンポエムって、そういう心につけこんでいるとも思います。

 今回、小説の中でもマンションポエムが出てくるシーンがあって、マンションポエム自体を考えるのが非常に楽しかったです。

※マンションポエム:マンションの広告で見られる「ポエム化」したキャッチコピー

「人それぞれの地獄がある」タワマン住人のリアルな苦悩を描く

――今回はそんな窓際三等兵の露悪的なイメージとは全く違う方向性で『息が詰まるようなこの場所で』を執筆されたとのことですが、作品を通して伝えたかったことを教えてください。

外山 今回の小説は、外から見たらキラキラしているけど、中身はそんなに良いもんでもないっていう、中にいる人たちの苦悩を書きたかったんです。

 一言で表すなら「人それぞれの地獄がある」ということですね。

 良い大学出て、良い会社入って、タワマン買ってある意味いっちょあがりのはずだけど、実はそうじゃない。子供の教育もしないといけないし、別に良い会社入ったからといって、定年退職までのんびりできる時代でもない。タワマンに似合っていない人が多かったりする。

 そういう自分の人生とどう折り合いをつけていくか。またサラリーマンからするとうらやましい存在である上層階の人たちも、その世界での苦しみであり、地獄がある。そういうところを書きたかったんです。

――窓際三等兵と差別化するうえで特に意識されたことはありますか?

外山 窓際三等兵のツイッターは、どっか人の嫌な部分を刺激する、ざらざらした感情を刺激する表現手法でした。でも小説はスペースもあるし、人がお金を出して買うもの。なので、背景や心情をできるだけ丁寧に描写したり、短いターンでは伝えられないところを意識しました。

――複数のタワマン住人が描かれていますが、ご自身がお気に入りのキャラクターはいますか?

外山 私自身が書いていて楽しかったのは高杉綾子ですね。ローゼスタワーの最上階に住んでいて外から見るとキラキラしているけど、その中身はどろっとしている。

 東京に出てきて成り上がって、自分はすごく成功したと思っているけど、地元に帰ったときに価値観のズレを感じて悩んだり、東京で上り詰めたのが正しかったのか?と自問自答したり。
 
 一章だけ見るとただの嫌なやつにしか見えないんですけど、全体を通してみると、狡猾(こうかつ)でとても人間味があるキャラクターになったなと思います。

小説のモデルとなった湾岸タワマンはどこ?

――小説の舞台になったタワマン「ローゼスタワー」ですが、モデルになっている物件があるのでしょうか?

外山 湾岸のいろんなタワマンを意図的に混ぜています。建物の造形に関する描写は「ブランズタワー豊洲」「勝どきビュータワー」なんかも、ちょっと取り入れています。駅直結という点は「パークタワー勝どき」の要素ですね。
 
 今回特に意識したのが、「湾岸エリア」の持つ雰囲気。リアルさを追求しつつ、物語の都合も考えてイメージを固めていったんです。
 
 ストーリー上は10年前に建てられたタワマンで、そうなると「ドゥ・トゥール」が思い浮かびますが、芸能人や経営者ばかりで普通の人が住んでいるイメージがないので、今回は外しました。

 雰囲気的には"新しくてギラギラした感じ”を取り入れたかったので、参考にしたのはここ2年くらいでできた新築マンションが中心。という感じで出来上がったのがローゼスタワーです。
 
 作中にある「深川が近い」という描写は豊洲を彷彿させるものだったり、「マンション周辺に児童が増えすぎている」という描写は勝どきに住んでいる人から聞いた話だったり。豊洲、勝どきの街の取材も入念に行って、そのあたりもいろいろ混ぜています。

【関連記事】>>「ブランズタワー豊洲」の価格、メリット、デメリットは? 潜入レポ第2弾、売り出された部屋は早くも2000万円を超える値上がり!(2022年10月)

今はもう手が届かない!湾岸のタワマン最新事情

――ちなみに、外山さんご自身が湾岸のタワマンにお住まいかどうかは未公表なんですね。

外山 そうなんです。ご想像にお任せしています(笑)。公表してしまうと、何を発信してもポジショントークだと捉えられそうですし。そこは抜きにして純粋にタワマン文学を楽しんでいただければと。

――なるほど。では、外山さんが住みたいタワマンはありますか?

外山 何年か前に「アーバンドックパークシティ豊洲タワー」をいいなと思ったことがあります。豊洲駅から徒歩圏内、ららぽーと直結ですごく便利だなと。今はもうかなり値段が上がってしまっているみたいですが…と、今調べたら83㎡で1億3000万円くらいです。これはパワーカップルでも、ちょっとしんどい価格ですね。

――そういえば「ローゼスタワー」に住む平田さやかと平田健太は、メガバンクの総合職と一般職のカップルという設定ですよね。これは何か意図が?

外山 ここはいわゆる”あるある”なカップルですね。実は10年前だと平田夫妻はパワーカップルに定義されていたんです。世帯年収が1000万円を超えて、7000万円〜8000万円くらいの家を買うみたいな。

 でも先日、ちょうど知人と「今このカップルが豊洲にマンションを買うのは無理だよね」という話題になりました。
 
 10年前に買った設定にしているので、物語の中での整合性はとれてはいるものの、今だとマンションの価格は上がっていますし、パワーカップルには定義されないでしょうし、いろいろと厳しい。時代の変化を実感しましたね。

――湾岸のタワマンも時代とともに立ち位置が変わってきているということですね。

外山 湾岸のタワマンといえば、昔は普通の人でも少し背伸びすれば手が届く存在だった。広尾の低層マンションや港区のタワーマンションってなってくると一般の人では手が出せないじゃないですか。

 でも普通の人でも良い大学を出て、良い会社に入って、35年ローンを組んで少し頑張れば手に入れることができる。湾岸のタワマンは、そういうわかりやすくて、手が届きやすい東京での成功の象徴だったんですが、今は手が届かなくなっている。作中にあまり盛り込めなかったんですが、取材をしているなかでこのあたりは強く感じましたね。

「湾岸のタワマン」を今購入しているのはどんな人?

――そうなると、今はどんな人が買っているんですかね。

外山 マンションブロガーののらえもんさんと話をしたんですが、士業をやっている方が多いらしいです。医師、弁護士、会計士、あとは経営者。今まで港区や松濤に住んでいた人たちが流れてきているという話もよく聞きます。

 あとは世帯年収2000万円くらいある、お互いにバリバリ働いている総合職同士のパワーカップルとかですかね。「東京で勝ち上がってきた人たちが住む場所」が、今どんどん先鋭化されていって、湾岸のタワマンの基準が上がっている感じがあります。

 もしくは世帯年収2000万円には届かないパワーカップルが、「子供が中学生や高校生になるまで10年間くらい住んで売却する」という前提で1億円くらいのタワマンを買うパターンは多いですよね。10年でそこまで値下がりしないだろうという計算で、もし値上がりしたらラッキーみたいな。賃貸みたいな感覚ですね。

昔ならタワマンを選択できていた層は今どうしているのか

――タワマンを買えなくなってしまった人たちは、どうしているんですかね。

外山 「HARUMI FLAG(晴海フラッグ)」にそういう人たちが殺到している感じはありますよね。

 あと周囲の友人たちを見ていても、郊外に行くか、どうしても都内に住みたいのであれば狭小住宅(※)という選択をしている人たちもいますね。3階建ての狭いペンシルハウスみたいな。

 タワマンほどギラギラしてないですし、周囲に言いふらすものでもないので、あまり話題に上らないのかもしれないですが、でも多いと思います。実際、オープンハウスの決算書とか見ると明らかに伸びてるんですよ。

※狭小住宅:15坪(50㎡)以下の土地に建てられた住宅。地価が高い都心部で多く見られる。

【関連記事】>>「HARUMI FLAG(晴海フラッグ)」は本当に買いなのかを徹底トーク!人気マンションブロガー座談会

郊外で暮らすなど、今は新しい価値観が生まれるタイミング

――マンションの相場が今後どうなっていくか、外山さんはどう見ていますか?

作中にも、主人公のさやかが、地元(千葉県流山市)に帰って、そこで親友の余裕がある郊外暮らしぶりを見て価値観を揺さぶられるシーンが。郊外に不動産会社をかまえる知人から「郊外の価値の良さを提示できた」という好意的な感想が届いたのだそう。

外山 金利がこのまま上昇を続けたとしても、都心のマンションの価格が下がる要素があまりないのかなと考えています。

 「マンションが高くて買えない」とみんなが言ったところで、そもそも消費者目線でマーケットが決まることはほとんどない。買える人が一定数いれば、価格はそのままということになりますし。

 そうなると、タワマンのような東京の良い場所に住みたいけど、価格が下がらないから、ずっとそばで指をくわえてみてます…という状況ならば、さっさと郊外に行くのも手ですよね。その間に価格が上がる可能性もあるわけですから。

 子供の教育のことを考えると、私立の進学校に通わせたいから都心に住みたいと考える人は多いですが、そもそも中学受験は本当に必要なのか?という話を周囲によくしています。私も子供がいるので自分への問いかけも含めて…なんですが。
 
 実際、周囲で一番楽しそうに暮らしているのが浦和に住んでいる友人なんですよ。彼は子供が3人いるのですが、浦和にも良い学校があるからと中学受験はせず、高校受験からでいいという考えです。もちろん車もありますし、地に足つけたゆとりのある生活を送っていますね。 

 これまではタワマンがもてはやされてきましたが、ここまで価格が上がってしまうと、これからはそれ以外のモノが見直されたりするのかなと思いますね。そのひとつがやっぱり郊外で暮らすこと。不動産のマーケットを見ていると、そっちのほうが賢い選択かもしれないなとは私も思います。無理しても何が起こるかわからないですから。

今後注目したいのは「湾岸二世」がどう育っていくのか

――最後に、今後、注目しているテーマがあれば教えてください。

外山 「湾岸二世」の今後はとても気になっていますね。というのも今、湾岸に住んでいる人たちは、一代での成功なので、作中に出てくる高杉家みたいに資産を持っている人は少ないんですよね。

 そうなると、子供の教育が問題になる。教育を考えたら公立は不安があるし、私立に行かせたい。で、行くとしたら彼らの肌感覚で最低でも「早慶」みたいな世界が作り上げられているんです。

 湾岸エリアは何でも揃っているし、治安も良い。どこに出るにも便利な場所です。ただ本当に住みやすいのか?と言われたときに、無視できないのが、そこで育つ子供たちです。彼らが勉強に向いていなかったらどうするんだろうな?と個人的にはすごく気になっています。

――勉強はお子さんによって、向き不向きがありますしね。

外山 中学受験はマストで小学校のクラスの8〜9割が塾通い。そういう価値観で育って、もし勉強が性に合っていなかったときに、それに代わる新しい道を見いだせるのか、とか。
 
 もし郊外だったら、勉強以外にもいろんな道がありそうじゃないですか。でも大学に行くことが前提になっている世界。そこにいる湾岸二世たちの未来が全く想像つかないんですよね。

 このあたりは今後の研究対象ですね。この先も作家活動を続けていく上で、将来的に取材して作品に残したいなと思っています。

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