今回は、日銀が利上げした時に住宅ローンの変動金利を大幅に上げるリスクの高い銀行の見分け方について考えます。日銀の植田和男新総裁は、一貫して金融緩和の継続を明言しています。しかし、5月には固定型の住宅ローン金利を上げる民間銀行が出てきました。これはつまり、民間銀行は近い将来に植田日銀が利上げに転換する可能性を捨てていないということです。(住宅ローン・不動産ブロガー 千日太郎)
5月に固定金利を上げた銀行・下げた銀行
住宅ローンの10年固定金利は、日銀の利上げリスクにもっとも敏感な金利タイプです。そのため、10年固定金利は変動金利の上昇可能性のバロメーターとして使えます。
下表は、主要銀行における3月から5月までの10年固定金利の推移を示したものです。
3月から4月にかけての金利低下は、主として米欧発の金融不安から長期金利が大幅に低下したことが反映されています。日本の長期金利はそれまで上限の0.5%を超える水準で推移していましたが、3月の後半にかけては0.2%台にまで下がっていたからです。
これに対して4月から5月にかけては、対応にばらつきが見られます。FRBの利下げと植田日銀の政策修正による影響がどう出るのか、各金融機関によって見通しが分かれているからです。
こうした対応の違いによって、各金融機関が金利の上昇可能性をどのように考えているのかが読み取れます。
- ・10年固定金利を上げた=植田日銀総裁の利上げが近く行われ、政策金利が大きく上がると見込んでいる
- ・10年固定金利を下げた=植田日銀総裁の利上げは後ろ倒しになる、または政策金利の上がり幅は小さいと見込んでいる
変動金利は政策金利の影響を受けるといわれており、植田日銀が利上げをすれば一斉に金利が上がるというのが定説です。しかし、こうした対応のばらつきから、変動金利をより大きく上げる金融機関とあまり大きく上げない金融機関が出てくるということがわかります。
銀行によって差のある変動金利の基準金利と引き下げ幅
次に主要銀行の変動金利を「適用金利」の低い順番にランキングにしてみました。
基準金利はいわば住宅ローンの定価であり、そこから引き下げ幅という値引きを適用して、実際に住宅ローンを貸す際の適用金利が出てくる仕組みになっています。
上表を見ると、適用金利がもっとも低いのはauじぶん銀行です。
しかし、基準金利がもっとも低いのはソニー銀行ですし、引き下げ幅がもっとも大きいのはSBIマネープラザと住信SBIネット銀行となっています。
多くの住宅ローン金利ランキングでは、「基準金利-引き下げ幅」の結果としての適用金利がクローズアップされます。しかし、金融機関の思惑はむしろ基準金利とその引き下げ幅に色濃く反映されているのです。それぞれ、詳しく解説します。
銀行の脆弱性と日銀のコントロール
変動金利の基準金利に直結する「短期プライムレート」は、日銀の政策金利に影響を受けるといわれます。これは、多くの民間銀行が短期の調達資金を日銀からの融資に頼っているためです。
民間銀行は日銀から調達した資金のほかに、集めた預金のほとんどを住宅ローンなどの運用に回し、その利ザヤでもうけています。そのため、もし預金者に預金を一斉に引き出されそうになると、どんなメガバンクでもそれに応じることができません。
平時にはそのようなことは起こりませんが、銀行への信用がなくなると取り付け騒ぎが起き、金融システムが一気に崩壊する脆弱(ぜいじゃく)性をはらんでいます。日銀は、そのような非常時にも民間銀行に融資する最後の貸し手なのです。
また日銀は、民間銀行に供給する資金量や短期の金利を操作することで物価をコントロールしようとしています。銀行の基準金利は、日銀にとってもっとも直接的に操作可能な「物価」であるともいえるため、基準金利によって上下する住宅ローンの変動金利はほぼ日銀のコントロール下にあると言っても差し支えありません。
これが、「日銀が政策金利を上げれば民間銀行の変動金利は一斉に上がる」という定説の根拠になるわけです。
引き下げ幅に銀行の運用戦略が表れる
しかし、住宅ローンの金利は完全に日銀のコントロール下にあるわけではありません。基準金利はあくまで住宅ローンの定価であり、最終的に「何パーセントで貸すか」を決めるのは各金融機関の領分です。
つまり、「適用金利」=「基準金利-引き下げ幅」のうち、基準金利は日銀のコントロール下にあるものの、新たな顧客を獲得したいときには「引き下げ幅」を大きくするなど、その幅は各金融機関の独自判断によって決められます。
しかし、近年はこれだけでは説明できない新たな勢力が住宅ローンのかなりの部分を占めるようになってきました。それが、ネット銀行の登場です。
メガバンクから外れた基準金利のネット銀行
試しに変動金利のランキングを引き下げ幅の小さい順番に並べてみました。すると順位に興味深い変化が表れます。
- ・ソニー銀行、PayPay銀行、イオン銀行のネット銀行が上位3位
- ・auじぶん銀行、SBIマネープラザ、住信SBIネット銀行の新興銀行が下位3位
- ・その中間に三菱UFJ銀行、三井住友銀行、三井住友信託銀行、みずほ銀行などのメガバンクや信託銀行
が位置する結果となったのです。
銀行間の適用金利の差はせいぜい0.1ポイント程度ですが、基準金利(または、引き下げ幅)の差はソニー銀行とSBIマネープラザでそれぞれ約1ポイントもの差があります。しかも、そのどちらもネット銀行です。
適用金利には目に見える差異はありませんが、新興のネット銀行は基準金利にも引き下げ幅にも独自性があり、老舗のメガバンクはどちらもおおむね横並びとなっていることがわかります。
基準金利が低いネット銀行は、これまでに基準金利を下げるべき時に適切に下げてきたとことが読み取れます。基準金利が下がると、新たに借りる人だけでなくすでに変動金利で借りている人の金利も下がります。金利の取り決めについて、フェアな対応をしてきたものと評価できます。
逆に基準金利が高い銀行は、これまでにほとんど基準金利を下げず、引き下げ幅を下げることで新たに住宅ローンを借りる人に低金利をアピールし、住宅ローンを貸してきたということです。要するに、釣った魚に餌をやらないタイプの銀行ということですね。
では、基準金利がもっとも低いソニー銀行が、もっとも金利を上げるリスクの低い銀行なのでしょうか。それは、必ずしもそうとは言い切れません。以下はソニー銀行のホームページに書いてある、金利についての説明文です。
金利優遇または引き下げが適用されている場合、その優遇または引き下げは固定金利適用期間または上限つき変動金利適用期間中であっても、いつでも中止または変更される場合があります。
ソニー銀行では、いわゆる「5年ルール」や「125%ルール」はありません。金利の変動に応じて約定返済額も見直されます。
※出所:ソニー銀行「金利変動リスクなどに関する説明書」
※「5年ルール」「125%ルール」とは、変動金利のルール。「5年ルール」は金利が上昇しても、5年間は毎月の返済額が変わらない。また、5年経過後の6年目からの毎月返済額は、従来の返済額に対して125%の金額までしか上昇しないというのが「125%ルール」。
第1段落は基準金利についての説明です。メガバンクとは少し異なる表現ですが、これについては特に問題はありません。
注目すべきは、第2段落の「いつでも中止または変更される場合があります」という引き下げ幅についての記載です。これはつまり、固定金利であってもソニー銀行の都合によって金利が上がる可能性があるという意味です。また、変動金利では基準金利が変わらなくても引き下げ幅を変更して金利を上げることがあるということです。
さらに、第3段落には「5年ルール」や「125%ルール」の適用がないということが書かれています。つまり、ソニー銀行が金利を上げると決めたら、どの金利タイプであっても翌月から毎月の返済額が増えるということです。いままでは独自に金利を上げることはしてこなかったものの、今後、必要ならいつでも金利を上げますよということです。
つまり、ネット銀行は日銀のコントロールが利きにくい傾向があり、日銀が利上げした場合にもそれほど変動金利を上げない可能性がありますが、逆に大きく上げる可能性も否定できません。また日銀が利上げしなくても独自に変動金利を上げる可能性も、非常に低いですがゼロではありません。
これに対して、メガバンクなどの老舗の銀行は良くも悪くも横並びの対応になることが期待できます。基準金利は完全に同じですし、引き下げ幅はみずほ銀行が0.1ポイント多いくらいで、あとはほとんど差がありません。そして引き下げ幅を固定期間中に変更することは想定されませんし、元利均等返済方式であれば「5年ルール」と「125%ルール」が適用されます。
まとめ
植田日銀総裁が「安定的な2%の物価上昇目標」を掲げている以上は、少なくとも年内に政策転換する可能性は低いと考えられます。数カ月の経済統計の数値で安定的な物価上昇が達成できたか否かの判断を行うことは難しいでしょう。「拙速な引き締めで2%を実現できなくなるリスクの方が大きい」という発言はその判断に慎重を期していきたいという本音の表れではないかと見ています。
一方で、住宅ローンを取り扱う金融機関としては、依然として植田日銀による利上げの可能性を捨ててはいないでしょう。金融機関としては金利が上がった方がもうかるので、どうしても利上げ期待のバイアスがかかるのです。
これからも住宅ローン利用者にとって、先の読みにくい環境が続きそうです。住宅ローンを借りるまでは真剣に金利について考えたものの、住宅ローンを借りた後は、興味を失ってしまう人が多いです。
変動金利を選んだ人も固定金利を選んだ人も、その後の情報収集を怠ると、割高な利息を払い続けることになるかもしれません。完済するまでは情報収集を怠らず、状況を見て借り換えや繰り上げ返済を検討していくことをおすすめします。
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淡河範明さん
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