銀行は借り換えを欲しがっています。銀行員の私が「銀行の中の人」として言うのですから、間違いありません。そして銀行が住宅ローンの借り換えに必死なのは「一粒で二度おいしい」から、そして「濡(ぬ)れ手で粟(あわ)」だからという2つの理由があるからです。この記事を読めば、借り換えに必死な銀行の上手な利用法がわかるようになります。(金融ライター・加藤隆二)
銀行が借り換えに必死な理由は2つある
理由1.「一粒で二度おいしい」~借り換えは他社のシェアが奪える!
理由2.「濡れ手で粟」~低コスト・時短が叶う借り換え客
借り換えに必死な銀行の上手な利用法
借り換えのポイント、注意点
銀行が借り換えに必死な理由・その①
「一粒で二度おいしい」~借り換えは他社のシェアが奪える!
銀行としては、他行の住宅ローンからの借り換えによって5,000万円を獲得すれば、自行はローン残高が5,000万円増加し、逆に借り換えをされた他行はローン残高が5,000万円減ります。
これは言葉遊びではなく、借り換えが「一粒で二度おいしい」のは我々銀行員にとっては本当のことなのです。
「シェア」へのこだわり~銀行は背比べに必死
ひとつの銀行における住宅ローン残高は、経営の優劣を示す重要な指標です。
「住宅ローンの残高が多いということは、住宅ローンの商品性も良いから、だから良い銀行、安心できる銀行」との宣伝効果もあり、銀行を選ぶひとつのバロメーターになるのです。
主要銀行の住宅ローン残高ランキング
2022年3月末 | 2021年3月末 | 増減 | |
---|---|---|---|
1位 三菱UFJ銀行 | 150,710億円 | 149,836億円 | +874億円 |
2位 三井住友銀行 | 110,455億円 | 112,392億円 | ▼1,937億円 |
3位 三井住友信託銀行 | 105,437億円 | 101,418億円 | +4,019億円 |
4位 りそな銀行 | 81,530億円 | 81,557億円 | ▼27億円 |
5位 みずほ銀行 | 79,814億円 | 82,320億円 | ▼2,506億円 |
残高はひとつの数字ですが、「シェア」にも銀行はこだわります、
銀行全体におけるシェア、預金のシェア、店舗数のシェアなどさまざまな支店で競争、つまり「背比べ」をしています。地域のローンシェアも重要で、シェアを伸ばすにはローンを多く取り扱えばいいわけです。
新規のローンをたくさん実行するのはもちろんシェアに直結しますが、借り換えなら自社のローン残高を増やし、ライバルの残高を減らすことができるので、新規借り入れの住宅ローンを「1」とすれば、借り換えはシェアへの貢献は2倍になります。
「倍返しだ!」を銀行は本当に使っている
「やられたらやり返す、倍返しだ!」
銀行を舞台にした小説・ドラマ「半沢直樹」で使われ流行語にもなった言葉ですが、銀行では本当にこの言葉を使っています。
上記した銀行同士の地域シェア争い、その最前線は支店になります。
例えば、A銀行〇支店にとって、借り換えのターゲットにするのは、同じ市内のB銀行〇支店といった具合です。仮にB銀行〇支店の住宅ローンが、借り換えでA銀行〇支店に移動してしまったなら、B銀行は大騒ぎになります。
銀行では、支店の実績を毎月本社に報告していますが、この「他行に借り換えられた」などのネガティブなニュースほど、漏れなくかつ迅速に報告を求められます。したがって、支店の規模からみて大きな額の借り換えをされたりすると、最悪の場合には支店長や担当者が更迭されることもあります。
さらに本社から支店長に「何とか挽回せよ!」とハッパをかけるのですが、その場合は借り換えをされた金額の2倍、あるいは3倍の数字が借り換えノルマとして課されることがあります。
冒頭のセリフはこういった状況で、支店長がハッパをかける(実際には本社から言わされているのですが)ときに、必ずと言っていいほど使われます。
これは私の勤務する銀行だけではありません(他行の銀行員と話す機会があり「ウチも同じですよ」と聞きました)。
ですから、ドラマでこのセリフを聞いたときは正直言って驚きました(もっとも、小説・ドラマ「半沢直樹」の内容は自分の日常と重なる部分が多く、日曜の夜というのも重なり、私は翌日の仕事がつらくなりそうで、最後まで見続けられませんでした)。
銀行が借り換えに必死な理由・その②
「濡れ手で粟」~低コスト・時短が叶う借り換え客
「濡れ手で粟」ということわざの意味は「苦労せずに多くの儲けを得る」といったところです。
一説には、濡れた手で粟(雑穀、鳥の餌などに入っている)をつかむと、粒が手にたくさんくっついてくることから生まれた言葉のようです。
では、なぜ借り換えが濡れ手で粟なのか。これにもいくつか理由があります。
1、他行で審査に通っている
1つ目の理由は、「他行で住宅ローンを借りている人は、他行でローンの審査が通っている人なので、自社の審査も通りやすいと考えられるから」です。
言い換えれば、他行がその人に「お墨付き」を与えたようなものです。
もちろん中には収入が減るなど返済が遅れている人もいるでしょうが、これも審査すれば個人信用情報でわかることなので、その時点でお断りすればいいのです。
2、新規ローンよりコストが安い
2つ目の理由は「借り換えは、新規ローンよりコストが安いから」です。
一般に住宅ローンは審査に最もコストがかかります。現在ではローン審査にもAIが導入されるなど機械化、省力化は進んでいますが、それでも人的要素はまだ多く残っています。住宅ローンの担保調査もコストがかかる一因です。こうした審査や担保調査などの人件費がコストの中心です。
借り換えなら、審査のハードルが低くなり、コストも安上がり(担保も他行で調査済みなので)になるのです。
少ないコストで実現できる、まさに「濡れ手で粟」といえる部分です。
3、新規ローンより時短だから
3つ目の理由は「借り換えは新規ローンより時短だから」というものです。
まず、新規の住宅ローンは、数カ月から1年以上時間がかかるのが一般的です。例えば、マンション購入では、住宅ローン申し込みから住宅ローンが実行されてマンションを購入するまで、最短でも1カ月以上はかかるものです。
これが、土地を買ってから自宅を新築する場合になるとさらに長くなります。
ローン申し込み→審査合格→土地ローン実行→土地購入→建物ローン実行→建物完成(*建物ローンは、「①着工➁上棟➂完成」など数回に分けて実行されるのが主流)といったように、長いものでは2年くらいかかります。
一方の借り換えは、実行した当日に他行へ融資金(肩代わりした資金)を送金するだけで済みます。申し込みから数えて最短で1週間も可能なので、時短と言えるのです。
借り換えに必死な銀行の上手な利用法
ここまで、銀行が借り換えを必死に欲しがっている理由を説明してきました。
しかし、それだけでは「銀行あるある」で記事も終わってしまいそうなので、ここからは読者の皆さんに役立つ情報を(銀行員という立場上、公開するのは気が引けるのですが)紹介します。
「借り換えをする場合」「借り換えをせず今の銀行と取引を続ける場合」の2つに分けて考えてみましょう。
【借り換えをする場合】限界まで有利な条件を引き出す
銀行の店舗においては、住宅ローンの借り換えは銀行のほうから提案する場合が多く、これも言い換えれば、提案されたということは、自分にはローンを借り換えをするメリットがあると教えてもらっているようなものです。
銀行員の借り換え提案では、金利を中心に借り換えをするメリットをアピールしてきますが、そこであなたが提案に納得したとしても、さらに有利な条件を引き出すべきです。
まず金利ですが、銀行も最初から限界数値を出してはきませんので、まだ値切ることができる(金利の引き下げ)かもしれません。
とはいえ、金利は借り手(正確には人のランク付け)により決まるので、引き下げは無理なときもあります。
そこで、金利引き下げが無理そうなら、次の手もあります。
「金利がだめなら、もっと良い団信にしてよ!」
住宅ローンの団信(団体信用生命保険)が「三大成人病保障付き」「リビングニーズ特約あり」といったようにグレードアップすると、通常は住宅ローン金利を0.2〜0.4%上乗せすることになります。
ここで、この金利上乗せ幅を「少なくする」、あるいは「上乗せなし」にできないか交渉してみるのです。うまくいけば、金利はそのままで団体信用生命保険がスペシャルになる可能性もあります。
(※団体信用生命保険には健康状態など加入の審査があります。また金利については個別判断なので、必ずご自身で銀行に確認してください)
さらに、交渉の余地はあります。
「金利がだめなら、手数料をおまけしてください」
「ローン取扱手数料」「担保手数料」など、住宅ローンの手数料は交渉で減免してもらうことも可能です。金額としては数千円〜数万円ですが、金利引き下げに比べると銀行の抵抗も少なく、意外と実現性があります。
ちなみに保証料は、まず減免をしてもらえません。住宅ローンの保証をする保証会社は銀行のグループ企業などが多いのですが、ローン返済を保証する対価としての保証料なので、おまけすることはないのです。
なお、ほかの銀行で実際にあった事例ですが、借り換えローンで担保の登記に必要な登記費用を、銀行員が個人的に立て替えていたケースがあります。こうした個人的な立て替えは「浮き貸し」(銀行員がその立場を利用して、個人的に融資して不当に自己の利益を得ること。この場合は自分の実績のために登記費用を立て替えたもの)といって禁止行為になります。
登記費用は顧客負担が原則なので、このような話を持ち掛けられても必ず断るようにしてください。
【借り換えをしない場合】実は、金利を下げられる
他の銀行から借り換えの提案があっても、「面倒だ」「魅力を感じない」といって断ってしまえば、それで終わりでしょうか?
いえ、借り換えの提案を最大限有効活用する方法があります。それが「借り換えをしないで金利を下げる」ことです。他行の借り換え提案書は「ご隠居様の印籠」になるのです。
こちらもドラマがらみですが、ある時代劇の長寿番組で天下の副将軍が最後に印籠を出すと「ハハー」と悪人みんながひれ伏すシーンがありました。
実は「他行の借り換え提案書は、銀行員にとってご隠居様の印籠と同じ」効果があるのです。
他の銀行があなたに住宅ローンの借り換えをセールスする場合、「お借り換え提案書」(試算書、シミュレーションなど)を作ってきます。あなたが借り換えをしなくても、このお借り換え提案書を取引銀行に持っていけば銀行員は青ざめます(私も経験者です)。
大事なお客様に、ライバル銀行から借り換えの提案が来ていると知った銀行員は驚き、そして防衛しようと動きます。
ネット経由で借り換えを検討していたのであれば、仮審査、または本審査を通過した書類でも代替できます。
あとは、黙っていても金利を下げてくれるでしょうし、金利が精いっぱいの限界なら、上記したような他の条件交渉をしてもいいのです。ここでもダメもとで「あっちの銀行はもっと頑張ってくれそうですよ」くらいは、(借り換える気がなくても)言ってみる価値は十分にあります。
銀行員は住宅ローンを獲得するのが仕事です。しかし、シェアを維持するには他行からの借り換えを防止することも重要な仕事なのです。
【関連記事はこちら】>>住宅ローンの「借り換え」と「条件変更」、金利を引き下げるなら、どちらが早くて楽なのか?
借り換えのポイント、注意点
では、借り換えの提案を仕事にしている銀行員の視点から、借り換えのポイントと注意点を解説します。
1、費用込みで借り換えるとゴールが遠のく?
借り換えには費用が必要で、ローン保証料や担保の登記費用など数十万円〜100万円以上になる場合もあります。
たとえば借り換えの諸費用100万円を上乗せした借り換えで、低金利の住宅ローンに借り換えたので、毎月の返済が2000円減ったと仮定します。しかし、人によっては同じ借り換えでも考え方に違いが出ます。
「借り換えに必要な費用100万円もコミコミで借りるので自己資金を出す必要もなく、毎月2000円も返済額が減りました」
「借り換えに必要な費用を上乗せしたので、頑張って返してきた住宅ローンが、また100万円増えてしまった。それなのに毎月2000円しか返済が減らない」
2つとも内容は同じですが、表現のニュアンスで大きく変わってしまいます。
諸費用込みで借り換えれば、住宅ローン残高は増えてしまい、ゴールは遠のいてしまうのもひとつの事実です。
例えば、大ケガをしてフルに働けなくなったが、団体信用生命保険で保証されなかったという場合は、借り換えによって返済がより困難になることも考えられます。借り換え手続きの面倒くささも考えれば、自分としてある程度、「返済額が減った」と考えられなければ、借り換えはしない方がいいかもしれません。
2、変動金利のシミュレーションを勘違いしない
借り換え金利が低ければ低いほど、年間返済額も大きく減ります。しかし、それはあくまで金利が今後、まったく変わらなければという場合だけです。
銀行の公式サイトなどにある「借り換えシミュレーション」を使えば、自分でも借り換えのメリットを計算することができます。
こういったシミュレーションでは、
- ・このシミュレーションは、お借り換え後の利率が現時点から変わらないものとして試算した場合の参考値です
- ・本シミュレーションは、入力または選択した金利が変動しないものと仮定して算出しています
- などと、必ず注意書きがあります。
つまり、こうした借り換えシミュレーションで「借り換えをすることで、総返済額が約200万円も少なくなります!」といった内容は意味がありません。なぜなら変動金利(および、期間固定金利終了後の金利)は変動する可能性があるから、総返済額の比較は意味がないのです。
借り換えシミュレーションによっては金利上昇についても試算できることがあるので、そうしたシミュレーションを使うようにしたいところです。
3、団信を安易にカットしない
借り換えをするとき、団体信用生命保険に加入できないなら要注意です。
借り換えローンが欲しい銀行は、ターゲットにした顧客が持病などで団体信用生命保険に加入できない場合でも、住宅ローンを融資することがあります。
例えば、「団信なし」で借り換える場合、原則として団信保険料(毎月の金利のうち0.2〜0.4%程度)がない分、金利は安くなり、得をしたような気分になります。
しかし、今までのローンは団体信用生命保険で死亡時に完済される保証があったのに、借り換えたらその保証がなくなるのです。
これではいざという時、借り換えによる金利メリットや返済額の軽減効果など吹き飛んでしまうかもしれません。
ちなみに、この団体信用生命保険を分かりやすく説明するとき、私は自分が妻に次のように話していることを持ち出します。
私「もしも僕が死んだら住宅ローンは団体信用生命保険でチャラになって、家はそのまま残る、しかも邪魔な旦那さんはいなくなるから良いことばかりでしょ?」
安易に団信をカットするのはやめておきましょう。
まとめ
銀行が住宅ローンの借り換えに必死になるのは「一粒で二度おいしい」から、そして「濡れ手で粟」だからなのです。
銀行を利用する皆さんも、借り換えが欲しい銀行を上手に利用することもできますが、借り換えのデメリットも十分に考える必要があります。
最後に決断するのはあなたです。この記事が参考になれば幸いです。
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淡河範明さん
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