銀行が一部の限られたお客様だけに、不動産投資や高級車のローンをセールスしていることを知っていますか? これは「資産形成ローン」と呼ばれるもので、今、銀行業界の新しいセールス手法として積極的に展開されています。そのキーワードは「借金して資産形成」。一体どういうものなのか? また銀行側の狙いは? 銀行員の立場から解説します。(金融ライター・加藤隆二)
資産形成ローンとは? 銀行が積極的に推す理由
「資産形成」と聞くと難しそうなイメージを抱く人も多いと思いますが、「資産を形成=自分で自分の資産を作ること」です。ここでいう資産とは、預金や投資運用や不動産など、自分の全財産を指します。
ですので、もし預金口座に残高が残っていれば、金額にかかわらずそれもひとつの資産ということ。もし、皆さんが日頃、預金口座にお金をコツコツためていれば、それも立派な資産形成と言えます。
では、本題の資産形成ローンとは何なのか。簡単に言うなら「借金をして不動産投資や高級車購入など、大きな金額の資産を形成していくこと」。どういう仕組みになっているのか、わかりやすく解説します。
資産形成ローンは銀行が生き残りをかけた手段
長引く不況や競争の激化で、銀行の“一番のもうけ”とされる住宅ローンの貸し付けが、なかなか厳しいご時世です。そこで銀行側の打開策となったのが「資産形成ローン」です。
借りてくれる人を待つのではなく、「銀行が貸したいと狙っている人に、借りたいと思わせて、ローンを売り込む」手法です。
「資産形成ローン」をネット検索すると、検索上位に地方銀行やネット銀行、信金・信組などが多くヒットして、資産形成ローンを積極展開していることがわかります。特に地方銀行が目立ちますが、生き残りをかけて地方銀行が力を注いでいることがうかがえます。
ちなみにメガバンクがヒットしないのは、ローン名称などが異なるためで、取り扱いがないわけではありません。また、ノンバンクなど金融機関以外の事業者も不動産投資ローンを取り扱っているところも多く、活況を呈していることがわかります。
【関連記事】>>銀行が破綻したら住宅ローンはどうなる? 「万が一」のために知っておきたいことを銀行員が解説
銀行が「貸したい」と狙う人は「富裕層」と「ハイクラス」
銀行が資産形成ローンを売り込む相手は、誰でもいいわけではありません。一言で言うなら「借金をある程度、余裕で返せる人」といったところで、具体的には「富裕層」や「ハイクラス」と呼ばれる人たちになります。
金融業界では、所有資産1億円以上5億円未満」を「富裕層」と定義しているところが多く、ちなみに5億円以上は「超富裕層」、5,000万円以上1億円未満が「準富裕層」、3,000〜5,000万円が「アッパー層」、そして3,000万円未満が「マス層」などと区分されます。
しかし、銀行が今回の資産形成のような融資の場面で考える「富裕層」には、明確な資産額のバーがなく、余裕のある層といったニュアンスです(私は部下に富裕層を説明するとき「普通の人にとっての1万円を、100円くらいの感覚で使える人」と説明しています)。言い換えれば資産家となるでしょう。
次に「ハイクラス」ですが、こちらは収入が高く、比較的安定しているイメージの人たちです。たとえば会社員なら「給与収入で確定申告が必要な年収2,000万円以上の人」のイメージです。
会社員以外でも医師や弁護士などの「士師業(ししぎょう)」の人たちもハイクラスに分類されます。
レバレッジ効果とは?資産形成ローンの仕組み
資産形成は自分で考えて自分のお金で進めることも可能ですが、それだと銀行とは無関係で完結してしまいます。そこでポイントになってくるのが「レバレッジ」です。
「レバレッジ(Leverage)」の直訳は「てこ(梃子・梃)」。「てこの原理」で出てくる「てこ」です。てこを使えば、小さな力が何倍もの大きな力になるという理論ですが、これは投資や運用でも使われている言葉です。
「小さな資金を元手にして、大きく投資することでリターンも大きくなる」という原理で、株式の信用売買やFXなどの説明でよく使われます。
例えば年3%で運用できる投資があるとします。このとき100万円の自己資金を投資すれば収益は3万円(投資元本100万円×3%=収益3万円)になります。しかし、ここで900万円借金をした合計1,000万円で投資すれば収益は30万円と10倍になる、という理屈です。
100万円の元手に借金したお金がてこになり、大きな収益を生み出せることになり、こうした状態を「レバレッジ効果」あるいは「レバレッジが効いている」と表現します。
ただし、ここで注意すべきなのは、借金すれば利息を払わなければならず、投資や運用では経費も必要になるので、それを差し引いてももうけが出なければ意味がないという点です。
その点から投資などでは必要経費が収益を上回り赤字になってしまうことを「逆レバレッジ」などとも呼んでいます。
資産形成ローンの定番は「高級車の購入」と「不動産投資」
具体的な資産形成方法として「高級車の購入」と「不動産投資」があげられます。金融機関は、主にこの2つの専用ローン商品に力を注いでいます。
高級車をローンで購入して経費で落とす
まずは「高級外国車をローンや事業資金融資を使って購入し、支払う利息を経費で落とす」という仕組みです。主に医師などに向けた資産形成の手段として、セールスされています。
「事業用車両」として支払い利息を経費で落とすことで税金の軽減が期待できるといったスキームになります。
ただし注意すべきなのは、このように購入した車などが税務署に認めてもらえるか?はしっかりと確認する必要があるということです。
銀行などの金融機関では積極的に資産形成ローンを推進したいので、中には微妙なケースも存在しています。たとえば私が見聞きしたものだと、下記のようなケースがありました。
●不動産業の社長が社用車として、高額のキャンピングカーを購入
●弁護士が長距離移動用として、クルーザーを購入
このように、いろいろな点で「大丈夫かな?」と心配になるようなものあります。
※上記したケースは、あくまで参考となるたとえ話として紹介しました。実際の取扱などは金融機関により異なりますし、税務に関しては税理士や税務署への確認が必要です。
不動産投資ローンを借りて「大家さん」になる
もう一つ、資産形成ローンで金融機関が最も力を注いでいるのが「不動産投資」です。これは文字通り、不動産に投資をするという意味です。
一方、昨今の不動産投資に関するネガティブな事例(「かぼちゃの馬車問題」「住宅ローンによる不動産投資の偽装」)もあり、現在の銀行では「不動産投資」という表現よりも「資産形成ローン」という表現に変わりつつあります。とはいえ、「不動産投資ローン」と売りにしているところもまだあります。
※【参考】オリックス銀行 不動産投資ローン
不動産投資ローンになると、顧客の選別はいっそう厳しくなります。そこで銀行によっては資産形成も不動産投資もローンの商品自体を公表せず、こっそり取り扱っているようなところもあります。
ちなみにそれは私の勤務する銀行なのですが、そのフローとしては
-
1.銀行と仲の良い不動産業者が銀行に来店
2.アパートや分譲マンションなどの不動産投資の情報提供をする
3.「ローンで購入してくれそうな人を探してくれ」と業者から依頼がある
4.銀行員が見込み先に当たる
5.ローンを提案する
6.顧客がローンを組んで物件を購入
7.不動産投資する
といった具合に、ほぼシナリオがはじめから出来上がっているような流れです。
【関連記事】>>不動産投資の偽装がバレたときの重い結末エピソード2選!「なんちゃって住宅ローン」の手口を銀行員が解説
不動産投資ローンの金利は実際どうなっている?
続いて、資産形成ローンの金利についてお話ししたいと思います。まず金利に関しては、公表していない金融機関のほうが多いのが実態です。
これは、ここまで説明したとおりお金を貸す側で顧客をふるいにかけて提案を仕掛けていく商品だからです。大々的に金利をアピールする必要がないのです。
また資産形成ローン金利は、住宅ローンなどと比較すると高めなのが一般的です。
住宅ローンは、自宅を手に入れる長期のローンなので、特別に低金利設定です。これに対して不動産投資ローンは、お金を借りて利息を払ったあとでも利益が出る「利回り」を考えて金利設定されるので、不動産投資ローンでは変動金利で3%前後でも安い方の金利と言えるのです。
そして、もう一つ大事なのは、不動産投資ローンが保証会社の保証付きなのか? 手数料は必要なのか?などを確認しないといけない点です。
たとえば「不動産投資ローンの金利は年2.0%」とあっても、「別途保証会社の保証料が必要になります」といったローンなら、保証料を金利に換算すると年1%上乗せになる場合があります。
これと同様に「保証料は不要で◯%」とあって、その後に「融資手数料として、お借入額の2.2%相当の手数料をお支払いいただきます」というタイプも見受けられます。これらの「真の金利」が何%なのかを見極める必要があるのです。
ちなみに私の勤務する銀行では
-
・保証会社の保証なし
・手数料は事務手数料10万円程度
・金利は銀行から見た優良先でも年3.0%程度が最下限
といったところで、銀行員から見ても低い金利だと考えています。
不動産投資ローンに限らず、「金利は最低◯%〜◯%まで」という範囲の中で、誰でも最下限の優遇金利になるわけではありません。そして、上記したように保証料や手数料を加味して金利を考え、それでも不動産投資として成り立つか?を見極めることが大事です。
まとめ
今回は資産形成ローンという、限定されたローンについての解説をしてきました。「選ばれた顧客になれないなら意味ないじゃん!」と思うかもしれません。しかし、そうとも言い切れません。
なぜなら、資産形成ローンで物件を手に入れた人は、自分が思っていたほど収益が上がらないなどの理由で絶えず所有物件を入れ替えることがあります。
そのタイミングで、その不動産の売り情報を得ることができれば、住宅ローンを使って購入することもできます。元々投資用だったわけですから、駅チカなどの「掘り出し物の物件」かもしれません。
そんな情報をどうやって…?は簡単です。銀行員に「分譲マンションを探しているので、なにか情報があれば教えて」と頼んでおくだけでいいのです。
例えば、分譲マンションに住みたくて、物件探しと住宅ローン相談を並行して進めているような人は、いくつかの銀行とやりとりをしていることでしょう。何かの会話のタイミングで、上述した掘り出し物物件を銀行員が紹介してくれるケースがあるからです。
物件を探す際に銀行を利用するのも一つの手です。いつか役立つかもしれないその時のために、「資産形成ローン」の背景や実態をここでしっかりおさえておきましょう。
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