返済中の住宅ローン金利引き上げのカウントダウンが着実に進む中、銀行内部で一つの指示が発せられました。それは目前に迫る「金利のある世界」への布石とも言えるものです。前回に引き続き、「返済中の住宅ローンの変動金利上昇に向けて銀行がすでに動き出している」と現役銀行員が考える理由についてお伝えします。(金融ライター・加藤隆二、現役銀行員)
返済中の住宅ローン金利引き上げに向けて動き出した銀行
前回の「返済中の住宅ローン金利引き上げへのカウントダウンは始まっている! 銀行員が予想するシナリオとは」でも申し上げた通り、2024年6月現在、返済中の変動金利を引き上げた銀行はありません。また、私が勤務する銀行でも、金利引き上げなどの具体的な指示は出ていない状況です。
しかし、銀行員の私の目には、「金利上昇に向けて、すでに銀行が動き出している」としか映らないのです。
なお、今回のお話は、あくまで私の勤務する銀行の中の、しかも、私が個人的に感じている「空気感」といったものに過ぎません。とはいえ、バブル崩壊から現在に至るまでの30年以上、金利や社会情勢などを見つめ続けてきた「銀行の中の人」として、真剣に感じている内容をお伝えしたいと思います。
金利の今後について、現場からの実況報告。「信じるか信じないかは、あなた次第」です。
※なお、注釈のない限り、記事中の「金利」は「返済中の住宅ローンの変動金利」を意味しています。
「金利のある世界」はすぐそこまで来ている
すぐ目の前に「金利のある世界」(参考1)が来ている、あるいは、すでにその世界になっているのではないか。まずは、私がそのように考える根拠をご説明します。
参考1:
「金利ある世界」に家計は入念な備えを|日本経済新聞[社説]
日銀正常化で迫る「金利のある世界」、市場や家計に起こる変化に注目|ブルームバーグ
すでに「金利上昇局面」になっている?
一般に、金利は景気が良くなれば上昇し、不景気になると下がります。そして、金利が上昇する局面では、主に以下のような条件が必要となります。
・給料やボーナスが増える
・おこづかいやお年玉が増える
・お金を使いたくなる
・旅行やレジャーなどに行こうと思う
・預貯金の金利が上がる
・お金を借りるときの金利が上がる
・求人が増える
・株価が上がる
・ものの値段が上がる
参考2:景気が良い、悪いってどういうこと?|日本銀行金融広報中央委員会/暮らしに役立つ身近なお金の知恵・知識情報サイト「知るぽると」/お金のやくわり道場(小学3・4年生)
上記は日銀が監修した小学校3・4年生向けの金融教材ですが、大人にもわかりやすいので使用しました。
下線をした「給料やボーナスが増える」「求人が増える」「株価が上がる」「ものの値段が上がる」については、連日報道されているように、現在すでにこうした状況だと言えます。
また、「お金を使いたくなる」「旅行やレジャーなどに行こうと思う」というのも、コロナ禍終息の反動が加わっているとしても、ある程度は当てはまると思われます。
そして、「預貯金の金利が上がる」についても、一部の銀行預金は急上昇しています。
今が好景気であるか否かは微妙なところかもしれません。しかし、上述のように並べてみると、金利が上昇する条件はほぼそろっていて、残されたのは「お金を借りるときの金利が上がる」だけだと考えられるのではないでしょうか(なお、小学生教材らしい「おこづかいやお年玉が増える」は、とりあえず置いておきます)。
大原則:「預ける利息が上がれば、借りる金利も上がる」
すでに一部の預金金利は「急上昇」しています。ゼロ金利解除をきっかけとして、メガバンクから地銀・信金・ゆうちょ銀行など多くの金融機関が、普通預金(ゆうちょ銀行などは「普通貯金」)の金利を、これまでの年0.001%から年0.02%へと20倍に引き上げました。
ただし、20倍の金利引き上げとはいっても、100万円を1年預けて税引き後8円だったものが税引き後160円になるだけで、実際に魅力に感じる人は多くないことでしょう。
その証拠に、金利引き上げを機に銀行へ預金を預ける人が殺到することもなく、相変わらず預金窓口は閑散としています。この引き上げについては、銀行が「どうせ誰も預けないと踏んで、とりあえず世の中に気に入られようとしている」のではないかと私は考えています。
とはいえ、預金金利が上昇しているのは一つの事実です。つまり、「預ける利息が上がれば、借りる金利も上がる」という、誰もが知る大原則が動き出している――もっと言えば、預金金利の引き上げは銀行がローン金利を上げるための準備段階と捉えることもできるのです。
銀行が打つ「布石」
最近、私が勤務する銀行内部で、変動金利の事業資金融資(*)に関して、次のような指示が発せられました。
「変動金利事業資金融資は、今後金利上昇局面を迎えた場合に、取引先ごとにリスクや取引内容などから個別に採算性を計算し、必要に応じて金利引き上げを交渉する必要がある。そのときに備えて、金利引き上げ交渉の経験がない若手に対し、支店長や役職者が指導し、金利のある世界に備えておくこと」
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*事業資金融資
- 銀行が法人や個人事業主に融資を行う融資。その多くは変動金利になっており、事業資金融資で用いられる基礎的な金利が「プライムレート」である。住宅ローンの変動金利もこのプライムレートを基準にして、プライムレートの上下動に連動する「プライムレート連動型変動金利」としている銀行が多数派。いっぽう一部のネット銀行には、プライムレート基準ではない独自の金利体系のところもある。
事業資金融資では、業況からリスク度などを点数化(「自己査定」「信用格付け」などと呼ばれる)して採算性を計算します。その結果、リスクの高い取引先ほど融資が不良債権化する可能性が高いという論法で、点数に応じた融資金利を決めます。その後で、業況悪化などにより金利が採算割れすると銀行が判断した場合には、返済中の融資金利を引き上げることになりますが、これは昔から現在まで行われてきたことです。
しかし、長く低金利が続いたことやコロナ禍などもあり、バブル崩壊から今に至るまで、銀行は大々的に事業資金融資の金利引き上げを行うことを避けてきました。そのため、若手銀行員に未経験者が多い。そうした状況を踏まえて発せられたのが、上記の指示となります。
つまり、銀行が「金利を引き上げる体制づくり」を始めたということ。これは返済中住宅ローンの変動金利の一斉引き上げという事態に備えた「布石」に他ならない、と私は感じています。
まとめ
あくまで推論ではありますが、若手銀行員に金利引き上げの交渉術などを学ばせているのは、金利一斉引き上げという未曽有の大変動に備えているからではないでしょうか。ちなみに、私は事業資金融資で個別に金利引き上げをした経験があるため、支店長や若い管理職からいろいろ聞かれたり、講師役を頼まれる可能性があると言われたりもしています。こうしたことからも、周囲が金利引き上げに向けて突き進んでいると感じます。
とはいえ、バブル崩壊後から現在まで住宅ローン金利の一斉引き上げなどという事態はありませんでしたので、ここから先は私自身も想像すらしてこなかった未知の領域です。そのため、自分自身がその一員として動くことになったらと考えると、「気が重い」というのが正直な気持ちです。
返済中の住宅ローン金利が一斉引き上げになる日はいつなのか。予想はできませんが、「その日」がヒタヒタと近づいていることを一人の銀行員として感じています。
今から情報収集をしてその日に備えるなど、この記事が参考になれば幸いです。
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淡河範明さん
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