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なぜ積水ハウスは「地面師たち」にだまされたのか? 不動産詐欺にだまされないための対策も

2024年10月1日公開(2024年10月1日更新)
神納まお:フリーライター

「地面師」とは、不動産を不正に売却し、代金をだまし取る犯罪者集団である。偽の書類や複雑な権利関係を悪用し、巧妙に被害者を欺く。2017年、積水ハウスが五反田のマンション用地で地面師たちにだまされ、不動産業界に衝撃を与えた。なぜ大手デベロッパーが被害に遭ったのか、また、一般の土地取引でも起こりうる地面師被害のリスクと、その対策についても解説する。

地面師とは

不動産詐欺に遭うと取り返しのつかないことになる場合がほとんど(出典:PIXTA)
不動産詐欺に遭うと取り返しのつかないことになる場合がほとんど。※画像はイメージです(出典:PIXTA)

 地面師とは、不動産を不正に売却し、その売却代金をだまし取る犯罪者もしくは犯罪集団を指す。その手口は巧妙で、さまざまなパターンがある。

 例えば、実在しない土地や、所有権のない土地をあたかも自分のものであるかのように偽装し、売買契約を結ぶもの。このケースにおいては土地の権利関係を故意に複雑化させることで、買い主がその実態を把握できないようにする。身分証明書や登記書類を偽造して不動産取引の手続きを悪用し、架空の取引によって金銭をだまし取る手口が多い。

 ちなみに地面師は昭和の頃から存在しており、過去にはさまざまな対策が講じられてきた。しかし、依然として被害が発生している。関係省庁や法務局による不動産登記法の改正・登記制度の見直し、不動産協会や司法書士会も対策を取っているが、地面師の手口は、法整備や情報公開が進んでも巧妙化・多様化の一途をたどっている。

 2017年に発生した積水ハウス地面師詐欺事件では55億円の被害額になり、大きな騒ぎとなったが、詐欺は大手デベロッパーに限らず不動産会社や個人といった誰でもが被害者になりうる。

デベロッパーの不動産土地取得の流れと危機管理

 積水ハウスのような住宅メーカー・マンションデベロッパーは、マンション分譲を進める際にまずそのための土地を取得しなければならない。デベロッパーの不動産土地取得は、事業の成功を左右する重要なプロセスとなる。土地の種類や性質、デベロッパーによって流れは異なるが、大まかには以下のような流れになる。

1.情報入手……不動産情報の入手。仲介業者や入札情報など
2.現地確認……立地条件、周辺環境、近隣状況、将来的な開発計画などを詳細に調査
3.役調……法務局や役所で用途地域や接道義務、建ぺい・容積率などを確認。公図・図面などを取得して、土地・道路に対する法令上の制限、所有権などを調査
4.権利関係……登記上に示された所有者の他、抵当権など売買にかかわる権利関係の確認
5.ボリュームチェック……建設可能な高さや面積などをチェック、収益性を評価
6.指値……土地の購入費用、開発費用、販売価格などを算定し、坪当たり単価と総額の提示
7.売渡契約……書面上で売買の約束を交わし、手付金(通常売買代金総額の10%)支払い
8.境界確定……官民・民民の隣地境界を画定、ケースにより試掘などで土壌状況・土地に関する隠れた瑕疵(かし)の確認
9.決済、所有権移転……残代金の支払いと登記書類の確認、司法書士により法務局提出 

 地面師たちが関わる段階は、主に権利関係と売渡契約、そして最後の決済だ。権利関係に不自然な点はないか、などチェックはいくつかあるものの、メインは「本人確認」となる。

不動産売買における「本人確認」とは?

 「本人確認」とは、売買しようとしている土地の所有者が当人であるかどうかを確認するプロセスだ。さらに、売買がその本人の意思であるかどうかもチェックする。

 基本的に買い主(デベロッパー)が売り主(所有者)に直接会う機会は、お金が動く契約時と決済時(取引内容によっては契約前に意思確認として面談する)となる。買い主側の司法書士が免許証やパスポートをチェックし、いくつか口頭でのプライベートな質問を売り主へ投げかけ、本人であることを確認する。

 この本人確認は、一般的に司法書士の仕事とされているが、司法書士にはそれなりのプレッシャーがかかる。というのは、本人と納得できるまで業務を進行してはいけないという職務と、売り主の機嫌を損ねて話をひっくり返されるリスクとで葛藤が生じるためだ。

 次で、詳しく見ていく。

なぜ積水ハウスはだまされたのか

 積水ハウスは日本の住宅業界を代表するトップ企業だ。不動産土地取得のリスク管理は、徹底していたはず。特に巨額の取引となるケースではリスク管理が厳しくなることはあっても甘くなることはない。

 にもかかわらず、なぜ地面師たちにだまされるに至ったのだろうか。

要因①本人確認を行う司法書士へのプレッシャー

 結論から言えば、要注意物件と分かりながら通常手続きで進めたことに原因がある。

 そもそも五反田のマンション用地は一等地で、マンション開発できれば高値で即完売できることが間違いない立地であることは誰が見ても明らかだった。

 その一角だけ古い旅館が立っており、どのデベロッパーも狙っていたのである。当然ながら詐欺じみた噂話なども飛び交っていた。つまりその土地を取得するとしても細心の注意を払わなければならない要注意物件だったのである。

 それがゆえに、この事件の地面師グループの手口の巧妙さは、相当なものだったとされている。特に書類の偽造の精密さは公証人役場が本人と認め、本人確認書面(権利証に代わる書面)を発行しているほどだ。パスポートにしても、司法書士がペンライトを当てて確認しても見破られないレベルの偽造を施していたことになる。

(出典:PIXTA)
※画像はイメージです(出典:PIXTA)

 しかし、この五反田のマンション用地はもともと要注意物件と分かっていた。どこかで気が付いてもよさそうであるし、気が付かなければならなかったともいえる。

 例えば、近隣の住民など売り主を知る人たちに写真を見せて本人かどうか確認するなど、通常とは違うチェック方法はある。現に他のデベロッパーは、この方法で詐欺を疑い交渉をやめたようだ。また、地面師グループの手口は巧妙だが完璧ではない。ずさんと言えるポイントもあったとされている。

 特に売主との面接でも見破るチャンスはあったはずだ。売り主である高齢の女性になりすますのは、ニセ地主を演じる高齢の女性だ。いくらシミュレーションして準備してもボロが出ないとは言えない。この時も司法書士による干支や誕生日の確認を間違えて答えたようだが、言い間違いとしてスルーされたとされている。

 司法書士は「おかしい」と感じたかもしれない。しかし、前述したとおり、その場の積水ハウス側からのプレッシャーに折れた可能性がある。本人確認の判断は司法書士の責任で下さなければならないが、実際には、積水ハウスから仕事を継続的にもらっているという弱い立場だ。万が一にも疑うことで本物の売り主の機嫌を損ね、破談になってしまった場合は責任の取りようがなくなってしまう。

 司法書士には実務に反するプレッシャーがかかるのだ。そして、地面師たちの本当の巧妙さは書類の偽造以上にその点を含んでだましていたことにある。

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要因②積水ハウス内における用地獲得のプレッシャー

 もうひとつの要因は社内でのプレッシャーだ。実はこちらの方が大きいと考えられる。

 営業セクションが毎月の数値目標、早い話がノルマを達成するプレッシャーがあるように、用地仕入れのセクションも一定以上の供給を滞らせない仕入れをしなくてはならない。しかも積水ハウスほどの巨大な売り上げを確保するには出た土地を全部買ってもいいほどの供給量になるのだ。

 用地がないと営業は売るものがなくなり、売り上げもない。万が一供給不足になれば、用地仕入れのセクションの責任が問われる。とはいえ、あまりにも立地条件が悪い用地まで開発するわけにはいかない。「利は元にあり」というとおり、マンションは立地が命で、トップブランドの大企業が他社から笑われるような立地を開発し在庫の山になるのは避けなければならない。

 五反田のマンション用地のケースでは、用地セクション担当役員と社長との特別な決裁をもって進めたという話もあり、であれば積水ハウス特有の事情があったともとれる。ただ、常務や執行役員が特定のセクションの責任者を兼ねていることは一般的で、社内の派閥争いなども含め他のデベロッパーでも似たような事情はある。

 トップクラスの大企業だからこそ、常に物件を供給し続けなくてはならない難しさと在庫になるリスクは、他のデベロッパーにも共通することだ。いずれにしてもそれらのプレッシャーのなかで五反田のマンション用地の交渉が進み、要注意物件と分かりながらやるべきことをやらず、引き返せないところまで来てしまった。ここでは心理学でいう「認知バイアス」の「確証バイアス」が働く。自分が正しいと思うこと(バイアス)に都合の良い情報を集めてしまう心理現象で、自分の思い込みや周囲の要因によって非合理的な判断をしてしまう傾向だ。

 本物の所有者から届いた警告文書を怪文書としてスルーしてしまった事実がこれに当たる。さらに決済を前倒しした理由も、邪魔が入らないうちに、という心理もあるが、あるいは物件供給不足の中で少しでも早く販売ラインに乗せたいという事情も考えられる。

 こうして巨額のお金が地面師たちへ吸い取られた。地面師たちがあえてトップクラスのデベロッパーをターゲットにした狙いが見事に成功してしまったのである。積水ハウスにしてみれば、通常のリスク管理からみれば大きく逸脱していないが、要注意物件に注意しなかったのは供給プレッシャーと確証バイアスが原因といえるだろう。大企業なのになぜだまされたのか?の答えは、大企業だからだまされたとも言える。

個人が地面師にだまされるケースも…その対策は?

(出典:PIXTA)
※画像はイメージです(出典:PIXTA)

 地面師たちの標的はもちろん積水ハウスのような大企業だけではない。個人の土地売買においても地面師たちの被害は多く起こっている。

 特に地面師にとって、相続などで住んでない空き家が増えるのは好都合だ。管理の届かない遠方の土地を知らないうちに売られるといったケースは増えるかもしれない。善意の第三者という言葉を知っているだろうか。たとえ詐欺によって売却された土地であっても、所有権移転登記がされたうえで事情を知らない第三者に売却されてしまえば、第三者がその土地の所有権を主張できるという考え方だ。

 つまりだまされたことが分かっても不動産は戻ってこないことになる。

 以前に名古屋市天白区で不法に土地を売却されるという事件があった高齢の地主が所有していた土地を勝手に売却して、買ったデベロッパーは61戸のマンション1棟と約20棟分の戸建てを建て、分譲した。

 独り暮らしだった地主の家に出入りしていた地面師は、権利書や実印を持ち出して地元のデベロッパーに売ってしまった。高齢の地主の相続人たちがそれに気付いた時にはすでに分譲がはじまっていた。数年かけて裁判が行われたが、その土地には全く事情を知らない住民が住んでいるため取り戻すことなどできない。売却代金もほぼなくなっていたという。

 では、地面師にだまされないための対策はどうすればいいのだろうか。まず特に気を付けたい物件は以下のようなケースだ。

注意すべき物件

高齢者が所有する不動産

 高齢者が所有する不動産はターゲットになりやすい。認知能力の低下や最新の詐欺手口への認識が低いなど、総合的に詐欺行為が行いやすいからだ。特に高齢夫婦のみや独り暮らし、特別養護老人ホームなどの施設に入っている物件は要注意だ。

長期間空き家や更地の物件

 相続した実家などで住む必要がなく、そのまま空き家になっていたり解体したまま放置されている物件も狙われやすい。管理されていないため、異変に気付きにくいからだ。なかには勝手に家を解体されて売られていたというケースもあるという。特に遠方で目が届かない物件は要注意だ。

抵当権の設定がない

 不動産に抵当権などの担保が設定してあると、抹消して売買しなくてはならないため詐欺には狙われにくくなる。抵当権設定がない不動産のほうが狙われやすくなるといえる。

具体的な対策3つ

『不正登記防止申出』制度の活用

 『不正登記防止申出』は、権利証や印鑑証明書等が紛失や盗難されてしまったなどの事情で不正な登記がされる恐れがある場合、それを防止するために設けられた制度だ。
 
 法務局へ不正登記防止申出書を提出し、本人確認が行われる。申し出対象の不動産に登記申請などの動きがあった場合に本人へ通知される。積水ハウスの事件でも本物の所有者からこの申し出がされていたと推測できる。ただし有効期限は申し出から3カ月しかなく(再度の申し出は何度でも可能)、申し出が必要となった理由に対応する措置(紛失届や盗難届など)を取っていないと受理されない。単に空き家だからという理由だけでは受理されないことが多い。

空き家の対策

 空き家の対策として現実的なのは、売却してしまうことだ。売ってお金にしてしまうのが一番なのだが、それができない場合は賃貸に出したり、アパートに建て替える、駐車場にするなど、土地を活用する方向で考えたい。

 どうしても一定期間放置する場合は、こまめに現地へ行って管理し、できれば近隣の人にも見ていてもらうなど協力を仰ぎたい。法務局の登記情報は出向かなくても確認できるので定期的にチェックするのもいいだろう。

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売却時の対策

 不動産を売却する時は、まず仲介業者に気を付けることだ。名古屋のケースでは地面師が免許を持つ仲介業者を装った事件だった。大手の仲介業者か地元で長く営業している仲介業者がよい。

 また、司法書士は買い主側ではなく自分で指定したほうがベストだ。そして当然のことながら権利証や実印などの管理は厳重にして、保管場所は他言しないこと。契約などの際はあらかじめ出しておくことだ。内容確認などで必要だからといって権利証や実印を預けたりしてはならない。

まとめ

 今のところ、不動産をめぐる詐欺的事件は増え続けている。本来は取引のトラブルを避けるために同時履行(お金の支払いと登記を同タイミングで行うこと)が義務付けられているが、実際は登記が確実になるまでに数日かかるため、積水ハウスのような事件が起きた。

 2020年4月から施行された改正民法560条(権利移転の対抗要件に係る売主の義務)では『売主は、買主に対し、登記、登録その他の売買の目的である権利の移転についての対抗要件を備えさせる義務を負う。』の規定が追加された。現在の決済の段階で行われる売買残代金支払いが、登記の受理完了後に行われるようになれば、かなりの被害軽減につながりそうだが、まだ先のことになりそうだ。

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